第116話 ペルソナ・ノン・グラータ①
マルメディア 首都ノイスブルク 法務省出入国管理局ノイスブルク東部出張所
在マルメディア ナイメリア大使リンデラントがノイスブルク東部入管出張所を出た時、怒りで顔が赤く染まっていた。
ナイメリア全権特命大使が、不法滞在捜査専門であるノイスブルク東部出張所の捜査第一課課長に呼び出され『閣下、これはいけませんなぁ』と苦笑いされながら、課長から複数枚の写真を見せられた。
写真には、ナイメリア大使館敷地内の
「写真の3人は、我が国へ
「…
「閣議決定で、即時退去となるのを一両日中と配慮したそうです。奪爵され臣籍降下したとは言え、世が世ならナイメリア国王となっていた方が相手となるわけですから、大使閣下の気苦労は大変かと拝察いたします。ですが、こればかりは私では何とも」
気の毒そうに課長が伝える。
マルメディア側は、オーラヴ殿下一行を元王族ではなく、単なるナイメリア国籍の民間人と見做しているという認識だと暗に伝えてきた。
それでも国外退去の猶予を与えてくれたのだから、それなりに敬意を払ってくれた訳だ。
「マルメディア法務省並びに出入国管理局の御高配に、ナイメリア大使として感謝いたします」
「いや、とんでもない。本来なら法相のアインホルンから大使閣下へ伝えなければ…という案件ですが、表立って一民間人の国外退去命令を法相がナイメリア大使へ通告する訳にもいかず、大変失礼でしたが大使閣下をこちらへ招致することになり、一介の入管出張所の課長である私が、国外退去を通告する事態となった次第です。この点、御理解頂いけると幸いです」
ナイメリア大使館へ向かう馬車の中で捜査第一課課長とのやりとりを思い出しながら、リンデラントは諸問題の根源であるオーラヴ元殿下一行のことを考えていた。
あの馬鹿共、外出せずに屋内で大人しくしていろ、と命じた筈なのに、わざわざ目立つように大使館内で
女王陛下から内々に、在マルメディア ナイメリア大使館内に匿ってくれ、と大命が降って、違法だが何とか国境を越えさせることに成功し、大使館へ緊急避難させる処までは良かった。
そして殿下夫妻の外出でマルメディア側へその存在が知られてしまい、全ての計画が台無しになってしまった、
彼らは、自分達の立ち位置を理解していないのだろうな。
馬鹿だから仕方ないのか?
数年前、
結果、前国王オスカル3世の長子であったクリスティン殿下が即位してナイメリア女王となったが、オーラヴは何を考えたのか『クリスティンは王位簒奪者』と馬鹿な考えに固執して、色々とやらかしてくれた。
「閣下、如何いたしますか?」
馬車に同乗している一等書記官ネルドルが尋ねてきた。
「どうもこうもあるまい。国外退去を通告されたのだ。第三国へ出国してもらう他、ないだろう」
「一行全員ですか?」
「オーラヴ殿下、シセル妃殿下、ハンス内親王殿下の三名だ。アレクシア内親王殿下とエリーザベト内親王殿下は外出せずに、こちらの要請通りに屋内に留まっていてくれたようだ。マルメディア側は、お二人に関しては触れてはいない。大使館内に滞在しているのは勘付いているだろうが、幸か不幸か証拠がない」
リンデラントは、大きな溜め息をついた。
「お二人の扱いをどうするか、本国政府に指示を仰がねばなるまい。本人の希望もあるだろうが、こればかりは政府の指示に従ってもらわなければ」
「出国先となる国ですが…」
「一行を受け入れてくれる国など存在するのだろうか。一時通過ならともかく、恒久的滞在など認める国があるとも思えん。おそらく、ナイメリアへ送還となるだろう」
溜め息が出てしまう。
「…苛烈な将来が待ってますね」
「ああ、せめて大赦が出るまで大人しく隠れてくれていたら、と今更の話になってしまうが、まぁ仕方ないか」
大使館警護の「大使閣下、御帰還」の声が馬車の外から聞こえた。
やれやれ、世が世なら国王だった方へ国外退去を告げることになるとは。
大使館正面の車寄せに馬車が止まる。
馬車を降りた大使リンデラントは、オーラヴ一行が滞在している大使館別館へ足を向ける。
数歩離れてネルドルも大使の後を追う。
大使館別館の入り口に、ナイメリア陸軍兵士2名が歩哨として警護に当たっている。
2名の肩章を見たリンデラントが上席の兵士に尋ねた。
「曹長、一行の外出は何としても阻止せよ、と命じた筈だが」
「本職はお止めしたのですが、殿下御夫妻が何としても外出する、との事で、阻止できませんでした」
「それで、その件についての私への報告は?」
「殿下から大使閣下へ直接、話をする、ということでしたので…」
顔面を蒼白にした曹長が、報告をしませんでした、とそう応えた。
「それで報告をしなかった、と。なるほど。ところで曹長、この大使館の最高責任者は誰かね?」
「…大使閣下であります」
「それを理解していながら報告をしなかった。職務怠慢、不履行だな」
「そう取られても仕方ない行為でした。どうか寛大なる処分をお願いいたします」
殿下御夫妻が外出したい、と強行に言い張れば、一介の陸軍曹長に止める術はあるまい。
ただ、報告が無かったのは問題だ。
「…その件については、追って沙汰を下そう。一行は館内だな?」
「はい」
「入館させてもらおうか」
「どうぞ。大使閣下、御入館!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます