第115話  異変④

異変


マルメディア 首都ノイスブルク 王宮国王執務室



「で、混乱は極めて短期間で治まったと」


「ナイメリアの外相からクリスティン女王の親書が各国大使へ渡されています。案外、女王が軍の一部と組んで政敵排除に打って出たのではないか?と」


外相ツー・シェーンハウゼンが、そのように報告してきた。


「…何にせよ、これでセヴェルスラビアへの侵攻、分割の計画が進む。外相、会談の準備会合「発言を求めます」を、ん?部長、何か問題でもあるかな?」


同席していた外務省ナイメリア部部長ディークマンが、そう言った。


「いささか、懸念すべき問題があります」


「構わぬ、思う処を述べたまえ」


「現在、横領された国家予算の還流を受けていた女王弟オーラヴ殿下一家の所在が不明です。万が一、我が国への亡命申請などさ出された場合、いささか厄介なことになるかと…」


ディークマンが懸念を表明した。


「ナイメリアで訴追されているのであれば、先年締結した容疑者引渡条約に基づいて、送還できるのですが…」


「…大使館からの報告では、その件には触れられていないな。どういう事だ?」


ツー・シェーンハウゼンが呟いた。


「外相、在ナイメリア大使館へ連絡。訴追されているオーラヴ氏の扱い…いや、待て。何故、大逆罪で訴追しないのだ?」


「ナイメリアで大逆罪の罰則は、死刑一択です。クリスティン女王も実弟を害するのは、憚ったのでは?或いは、オーラヴ殿下が財産を差し出して命乞いをして、それが認められたか」


ディークマン部長は、奪爵・領地没収され王族から放逐されたオーラヴのことを『殿下』と言った。


「…ううむ、我が国へ現れなければ良いのだが、これは参ったな」


———厄介な事になりそうだな———


「訴追は当然なされているものだと判断して、亡命申請を行った段階で逮捕拘禁。ナイメリア大使館へ送致するのが宜しいのは?」


ツー・シェーンハウゼンが淡々と述べた。


「それとも、我が国への入国、滞在を確認した段階で消してしまいますか?」


いやぁ、この外相からすると、国王の…いや、国王の身体に憑依して操っている俺ですら、手駒の一つに過ぎないのだろう。


こちらも消されてしまわないように、そこそこ有能な所を見せておかないとならないな。


「…それには及ぶまい。ナイメリア大使館内で籠の鳥状態であろうと第三者の身分を詐称しようと、我が国にオーラヴ一行…だな、一行が我が国に滞在している状況は、歓迎すべき状況ではない。即刻、国外へ退去してもらわなければなるまい」


頭が痛くなりそうだ。


どうやって亡命申請を回避するか、国外退去にするか…


「この際、ナイメリア大使館へ丸投げで問題無いと考えます。我が国はオーラヴ一行を拘禁し、身柄をナイメリア大使館へ預けた。以後はナイメリアの問題であって、マルメディア当局の関知する処ではない。これで行く他、無いのでは?」


「そうだな。それで行こう」


外相ツー・シェーンハウゼンの提案に同意した時、執務室の電話が鳴った。


「国王執務室、秘書侍従アイケラーが…はい……はい、陛下へお繋ぎいたします」


「何かあったか?」


秘書侍従アイケラーに尋ねた。


「陛下、不味い事になりました。電話をお取り下さい」


不味い事?


何だ、それは?


とりあえず、電話を取る。


「ハインリッヒだ」


「治安警察、シュレックです。所在不明のオーラヴ一行が、ナイメリア大使館に滞在しています」


「はぁ?どうやって入国した?」


治安警察本部長シュレックの報告に、思わず間抜けな声を上げてしまった。


「入国方法はともかく、我が国に滞在している、まぁ、法的にはナイメリア領となる大使館内ですが、滞在が確認できているのは、オーラヴ殿下、妃殿下、ハンス親王殿下の3名。アレクシア親王殿下、エリーザベト親王殿下の滞在は確認できておりません」


「…うむ、引き続き監視を。治安警察の精勤に期待している」


「御意」


通話を終えて、外相、ナイメリア部部長へ通話内容を話す。


「ふむ、この状況はいけませんな。極めてよろしくない」


大陸将棋で妙手を打たれた時のような、軽い感じでツー・シェーンハウゼンが言った。


「外相閣下、いけませんでは済まない事態です。最悪です」


ディークマンが呆れている。


「ナイメリアから我が国への入国管理がザルだったとは、な。国外退去処分ペルソナ・ノン・グラータでも出すか。外相、どうだろう?」


「これは外務省案件ではなく、不法入国ですから法務省の入国管理局が担当するべき案件かと」


逃げたか。


いや、不法入国者へ退去を命ずるのは法務省だ。


「そうだな。アイケラー、法務省へ連絡だ」


「はっ」


アイケラーが法務省へ連絡するのを見ながら、ため息が出てしまった。


———「これは参ったな」———


…!陛下、今の言葉は…


——ん?——


私の言葉ではなく、陛下の言葉です!


——あっ!私の考えが君の言葉となって出たのか?——


待て待て。

では、これまでは陛下の身体に私の精神が宿っていたのが、陛下の精神が戻ってきたということか?


では、私の精神はどうなってしまうんだ?




















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