第114話 異変③
ナイメリア 首都ラルヴェク 外務省事務次官室
「中将、何故下士官用の略帽を着用しているのですか?それに剣も着けておられません」
外務事務次官アルネスは、先程から抱いていた疑問を口にした。
「質問をするのは、私の方なのだがね。まぁ、よろしい。答えよう。この暑さで将官用の重い制帽など、着用するだけで体力を消耗してしまう。無駄な行為だ。剣については、砲弾が飛び交う戦場で、剣など邪魔なだけだ。万が一、近接戦闘になった場合に役に立つのは、先端が剣先状の
ノールヘイム中将は、そう返してきた。
猛将とのことだが、脳味噌が筋肉で出来ているわけではない、合理的な判断が出来る人物のようだ。
「では事務次官、答えてもらおう。外相の所在が不明なので、君が最先任だ。セヴェルスラビアの情勢は、現在どうなっている?」
「それでしたら、セヴェルスラビア部の担当者を…」
「君の考えでいい。答えたまえ」
畜生、何で俺に尋ねるんだ?
「…あくまでも私個人「くどい!」の考えになりますが、皇帝派と摂政派の武力衝突は必至かと」
「皇帝派と摂政派の武力衝突、内戦になった場合、セヴェルスラビア陸軍はどちらに与する?」
「読めません。東方教会ですら分裂して、それぞれを支援しているという情勢です。軍も一枚岩とは思えません」
「そのように判断した理由は?」
「…軍上層部には、皇帝派のセヴェルスラビア改革を支持する者もいますが、あまりに理想的すぎる政策に危惧を抱いている摂政支持派もいます。指揮下の部隊毎に分裂するのでは?」
「そのようなセヴェルスラビア相手で、我が国が戦争で勝てないのは何故だと思う?」
ノールヘイムが尋ねてきた。
「…ええと、それは、その、私の聞いた噂ですが、中央官庁で軍に関係ある部署の人間による不正…陸軍省でもですが、行われていて、軍需品の横流しが頻発「誰から聞いた噂だ?」してお…いや、誰というのではなく、噂でして、はい」
「事務次官、誰かから聞かない限り、その話は君には伝わって来ない。誰かな、その噂の出元は?」
「……陸軍省に背広組で入省した友人です。後方から前線への武器弾薬糧食の輸送で、輸送中に攻撃を受けている訳でもないのに、損傷率が2割。食糧品で3割。特に酒類の輸送だと4割が損傷していて廃棄処分となっていると。この廃棄された筈の酒類が、何故か闇市場に出回っている。食糧も、おそらくそうでしょう。武器弾薬については、架空発送して発注分の金額を製造会社と兵站担当者で抜き取っているのではないか?と彼は言っていました」
覚悟を決めて、聞いた話を伝えた。
「いかんなぁ、公務上で知り得た情報を他人に漏らすとは。君はどう思う?」
「…私に披露した話が事実かどうか、という点に留意して下さい」
辛うじて、そう返した。
「ふむ、確かにそうだな。ところで君は夕食は取ったかね?」
は?
何を言っているんだ、このノールヘイム中将は?
「ええ、省内に備蓄してある非常食用の堅いビスケットと、軍でも支給されている、あの不味い殺人スープの缶詰、コーヒーで済ませましたが」
「他の肉や豆類の缶詰が損傷していて毎回欠品が出るのだが、あのゲロ不味い殺人スープの缶詰だけは損傷せずに毎回前線まで届くのだよ。不思議だとは思わないか?」
笑顔で問うてきた。
「…」
つまり、不味いスープの缶詰は闇市場へ流せるような味ではなく、需要もないので横流しをしていない、ということか?
「答えられないか、まあいい。他には?」
「…財務省の同期入省した友人が『戦費に1日5000万クローネ(50億円)かかるのは、計算が合わない。何人もの諸外国の軍事関連専門家に試算を依頼したが、我が国の動員人数、前線での作戦従事者数、戦死傷病者数、装備の損失や弾薬の消費数を考慮して、戦費は1日当たり3000万〜4000万クローネ(30億〜40億円)が妥当と言われた』と」
「ほう、それだけかね?」
「その横領した金は、財務省、陸軍省、一部王族へ環流している、というので、内閣直属の監察官が調査を開始したが、全員行方不明になってしまっている…」
「中尉」
「はっ!」
「首相官邸の部隊へ連絡。今の行方不明の監察の話が事実かどうか、確認しろ」
「直ちに」
敬礼をして、中将の背後に立っていた中尉が事務次官室を飛び出して行った。
「さて、事務次官」
中尉へ命令したノールヘイムが、こちらを向いた。
「ははっ、知りすぎた私は消されてしまう訳ですね?」
自嘲気味に笑ってそう言ったが、中将は不思議そうな顔をしている。
「消す?誰を?」
「私ですよ」
「君は何が勘違いしているようだね、事務次官。我々は、現段階で誰かに危害を加えるつもりはない」
現段階、ね。
「話の続きに戻ろう。横領した戦費の還流を受けている王族とは?」
「…噂では、女王陛下の弟君のオーラヴ殿下」
「男子継承から長子継承へ王位継承法の変更があって、王になりそこねたオーラヴ殿下か。こちらで得た情報でも、そうなっている」
やはりな、という表情をしている。
「この国に跋扈する乱臣賊子を排さねば、戦争に勝ったとしてもだ、いずれは体力を失い国が倒れてしまう。この機にやらねばならぬ」
ノールヘイム中将は、そう言った。
「私めにそのような話をされても困ります」
「外務事務次官から在ナイメリア各国大使へ伝えてもらいたい。今回蜂起した軍の一部は、軍を含めた中央官庁の不正を正すのが目的だ。混乱は短期間で終わる、とね。我々は利己的な行動で利敵行為を行うつもりなど、毛頭無い。利敵行為を行なっているのは、中央官庁に巣食う奸賊どもだ。本来なら外相のエリクセンにやってもらいたかったのだが、やれやれ、真っ先に逃げ出すとはね。ま、これも指揮官先頭の一つではあるがね」
ノールヘイムは、そう言って笑った。
「…小銃を抱えた軍の部隊が問答無用で外務省敷地に侵入してくれば、政変発生、軍の反乱と判断して避難するのが普通だと思いますが」
「事前に通告するわけにはいかないだろう。さて、我々に外相を害する意図が無いことは理解してくれたと思う。所在不明のエリクセンと連絡を取り、彼に為すべきことを為してもらわねばな。無理なら君がやりたまえ」
禿鷲ノールヘイム中将は、そう纏めた。
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