第113話 異変②
マルメディア 首都ノイスブルク 宰相官邸
「はぁ?反乱だと?」
宰相レーマンが外相ツー・シェーンハウゼンの電話報告を受けて、唖然と表現するよりは呆然とした表情で言葉を放った。
「何が起こっているんだ、ナイメリアは?」
「首都のラルヴェクでは外出禁止令が出されており、情報収集が困難になってます。現在判明しているのは、軍あるいは軍の一部が政府主要機関を占拠している、ということです」
ツー・シェーンハウゼンが簡潔に説明した。
「大使館員や在ナイメリアの我が国国民への被害は?」
「現在、そのような報告は受けておりません」
「ふむ、それだけは上々か。で、今後の見通しは?」
「判断するには、情報が不足しております」
「続報待ちか、参ったな…」
「大使館員もナイメリアの協力者も外出が禁止されてますので、どれだけ精度の高い情報、有力な続報が入ってくるか、あまり期待出来ない状況ではあります」
ツー・シェーンハウゼンが淡々と現状を伝える。
「この状況下では、内乱発生後のセヴェルスラビアに複数国で攻め込んで占領。分割するという、この計画は棚上げですね」
「…外相、その下準備となる外相会談の調整を行う手筈だったのだが、どこまで進んでいるのだろうか?」
宰相レーマンが尋ねた。
「全く進んでおりません。下準備となる外相会談の日程の調整を持ちかけて、そこで終了しております。ですから、計画が外部へ漏れる心配はありません」
「うむ、そうか。しかし、セヴェルスラビアとの戦争中に軍が首都で反乱を起こすなど、利敵行為としか思えんが」
「現時点では同意いたします」
現時点?
利敵行為ではない場合もあるということか?
「さて、この件を陛下へ上奏しなくてはな。まだ起きていらっしゃると良いのだが」
億劫そうにレーマンが言う。
「王宮へ電話で事前に一報を入れてから向かうのが、よろしいかと」
外相ツー・シェーンハウゼンが助言する。
「ですが、宰相閣下が王宮へ出向く必要はないのでは?ナイメリアの首都ラルヴェクで軍が反乱を起こし、外出禁止令が出ております。反乱の詳細は不明、では子供の使いと変わりません」
「…そうだな。仮に就寝中だとすると、対面で報告するには内容が余りにもお粗末だ。電話で報告するだけにしておくか」
「それがよろしいかと」
「外相、君は?」
今晩はどう過ごすつもりだ?とレーマンは尋ねた。
「外務省に泊まりで対応する職員が多数おりますので、彼らに差し入れる夜食を家人に用意させております。私が省内にいても、まあ事態が好転する訳ではないのですが、今晩は大臣室の長椅子に寝ることになるでしょう」
ツー・シェーンハウゼンがそう伝えた。
この緊急事態にも冷静に対応し、細かい気配りまで出来る。
それが外相であるツー・シェーンハウゼン侯爵という男だったな。
「そうか。それでは、私も外務省へ出向いて泊まりになった職員の激励でもするか」
「宰相閣下が激励に来てくだされば、職員の士気もさぞ上がることでしょう」
「お世辞はいらん。後程、外務省で会おう」
レーマンはそう言って、電話を終えた。
ナイメリア 首都ラルヴェク 外務省事務次官室
外務次官アルネスは…いや、外務省職員全員が禁足令を受けて帰宅出来ずに強制的に省内で泊まる事態になっていた。
アルネスはすることもなく、事務次官室の長椅子に横になり、天井を無表情で見つめていた。
大臣は無事に外務省内から避難できたのだろうか?
それだけが気がかりだ。
薄い意識の中、そう考えていた時に事務次官室の扉を叩く音がした。
「どうぞ」
なげやりにそう言うと、扉を開けて陸軍の下士官が入室してきた。
「事務次官、お行儀が良くないな」
机を挟んだ長椅子前の椅子に腰を沈めながら、下士官はそう言って笑った…いや、下士官ではない。
下士官用の略帽を被ってはいるが、防暑制服の肩章には星が3つ付いている。
中将だ!
慌ててアルネスは長椅子から飛び起きた。
「中将閣下、失礼いたしました」
「ああ、閣下はいらん、閣下は。在外公館なら、君は一等書記官、私は一等武官で待遇は同じだ」
そう話す中将の背後には、拳銃を手にした下士官が2名。
首を捻り背後を見ると、やはり拳銃を手にした…こちらは兵卒だが2名いた。
拳銃はこちらへ向けられていないが、回転式拳銃の撃鉄が起こされ、即座に発砲できる状態だ。
「陸軍第11軍団軍団長ノールヘイム中将だ」
「外務省事務次官、アルネスです」
ノールヘイムと名乗った中将の防暑制服には、5回以上の戦傷を受けた者にしか授与されない、金の戦傷章が付いている。
防暑制服なので、通常なら襟元に付いているナイメリア十字章が胸元の戦傷章の横に付いているが、こちらは剣付きナイメリア十字大章だ。
何者だ、この中将は?
ノールヘイムと言う名前に聞き覚えがあるような、無いような…
「ん?ああ、屋内で帽子を被る非礼は許してくれないだろうか」
こちらの視線を勘違いしたのか、ノールヘイムはそう言った。
「帽子を取ると、こうなのでね」
ノールヘイムが帽子を取ると頭部の半分は毛髪が無く、火傷の跡が残っていた。
禿鷲!
陸軍一の猛将で、禿鷲の異名を持つ男、ノールヘイム中将が目の前にいる。
これはただでは済まないな、と頭の片隅で◯は思った。
「それでは、これから私の質問に答えてもらいたい」
帽子を被り直した禿鷲ノールヘイムが、そう笑顔で告げてきた。
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