第112話  異変①

ナイメリア王国  首都ラルヴェク  ナイメリア外務省



「局長、マルメディア大使が会談を持ちかけてきたが、何が狙いだと思う?」


ナイメリア外相エリクセンが、総合外交政策局局長ハッセルへ質問した。


「倒れかかっているセヴェルスラビア情勢の意見交換、でしょうか?大木に見えたセヴェルスラビアが、実は中身は空洞だらけで虫喰いも酷いと気づいた、かと」


淡々とハッセルが意見を述べた。


「私も同意見だ。だが、こちらもセヴェルスラビアが死に体だという結論に達していると明かすのも、外務省の分析力、情報網を相手に知らせるようで問題ではないかな。知らぬ存ぜぬもマルメディアに侮られるし、どの程度まで手の内を見せたものか」


エリクセンが悩まし気味に呟いた。


「マルメディアの出方次第で、こちらも手札を見せていきましょう。情報を出し渋っていれば、案外、向こうから途方も無い情報や分析が出てくるかもしれません」


「ま、会談・・・大使との意見交換とは言え、私一人が参加する訳ではない。事務次官に総合政策局長、セヴェルスラビア部長、マルメディア部長、お飾りの副大臣と多数出s・・・」



「それが、会談への参加人数は、書記役を含めて3名までと申し入れてきてまして・・・」


ハッセルが、すまなそうにエリクセンへ伝えた。


「ふむ、あまり公にはしたくない会談なのだな。なるべく早い時期に行うとしようか。近々で会談が行える日程だと、何時になる?」


「大臣官房に確認しましたが、明日の午前中は大臣に時間の空きがあるようです。本日ですと、夕方からになりますが・・・」


「仕事が早いな。事務次官と君には、残業してもらおう。大使を召喚だ」


「手配いたします」


「それと事務次官を呼んでくれたまえ」


「早速に」


一礼して、ハッセルが大臣室から退出して行った。


セヴェルスラビアとは、現在戦争中だ。

断交していて、『生の情報』を得ることは出来ないが、間接的に得た情報を分析しても『政情不安、内戦必至』という判断を外務省では下している。


一人になった大臣室で、エリクセンが黙考していた。


今、マルメディア大使が急な会談を持ちかけてきたのがセヴェルスラビア関連だとすると、狙いは何だ?

先年の戦争で喪失した領土関連か?

共同でセヴェルスラビアへ侵攻?

敵の敵は味方だ。我が国への軍事面での援助の申し出か?


「事務次官アルネス、入室します」


声がして、エリクセンは黙考を中断された。


「事務次官、話の詳細は・・・」


「おおよその話は、ハッセルから聞いております。マルメディアの狙いについて、ですか?」


アルネスが尋ねた。


「うむ、セヴェルスラビア関連だとは思うのだが、君の意見は?」


「そうですね・・・」


アルネスが少し考えてから、意見を述べた。


「セヴェルスラビア関連は間違いないでしょう。それは、現状をどうするか、ではなく将来的にどうあるべきか、の話ではないでしょうか」


「聞こう」


執務机から身を乗り出すようにして、エリクセンが言った。


「現状ではなく、将来とは?」


「セヴェルスラビアは内戦寸前の情勢です。まぁ、我が国と継戦中に内戦を起こせば国が保たないであろうと近隣諸国も判断しているでしょう。セヴェルスラビア帝国、現帝室が崩壊した後の政体や国境線をどうするか、の話についての下交渉ではありませんか?」


「倒れる前提での話か。ならば、少しはゴネてマルメディアから援助を引き出すのもありかな」


「援助要請は、是非とも行うべきです。以前とは情勢が変わって、マルメディアには軍事援助を行える余力があります。共同でセヴェルスラビアを叩くのも・・・」


「ううむ、西部国境のカルシュタインに備えながら北部で軍事行動を起こせる余力が、今の彼の国にはあるという判断か」


エリクセンが呻くように言った。


「カルシュタインも昨今の金融崩壊で、事を起こす余裕はありません。内政に専念したい局面です。問題は時期ではありませんか?セヴェルスラビアで実際に内戦が起こって、現体制が崩壊寸前になるか、崩壊してからの介入になる筈ですから、先ずは・・・」


「内戦待ち、か」


「です」


アルネスがそう言って、説明を終えた。


「ならば、座して内戦待ちをするのも愚作だ。伝手を利用して、内戦の火種が燃え上がるようにしなくてはな」


「それも含めての、マルメディアとの話し合いです」


「そうだな。我が国に有益な話し合いにしたいものだが、さて、どうなるか」


「マルメディア大使からの会談要請ですから、何かしらの提示があるのでしょう。それを上手く活かして国益とするのが、外務大臣の仕事です」


「おいおい、随分と厳しいことを言うな」


「省をあげて、大臣を支援いたしますが・・・」


それは当然だろう、と言いかけてエリクセンは口を閉じた。

そして言い直す。


「そうだな、よろしく頼む」


内戦で混乱するセヴェルスラビアへ、マルメディアが軍事介入か。

こちらは先年来、戦争を継続中だが、両軍共に兵站の問題で前線での物資不足から全面攻勢に出られないでいる。

人命、武器弾薬、資材、財貨を惜しみ無く投入しないことには、相手へ決定打を与えるのは不可能だ。

兵站の整備が必要なのに、軍は何をやっているのだ?


エリクセンは腹の内で、軍部首脳陣を罵った。


あいつらが無能なのは勝手だが、それが原因で勝てる筈の戦争が膠着状態に陥っていて、無駄に人命を失っている。

何という不作為だ!

召集令状分の郵便料金で、無限に兵士が湧いてくると

でも思っているのか?


「セヴェルスラビアとの戦争も、痛打を与えられないままに時間だけ・・・いや、人命や前線で消費される武器弾薬、糧食、遺族に支払う手当に徴兵した兵士の給与。これら全部が浪費されている」


エリクセンの愚痴に


「火のクルマの国家予算を何とか編成している財務省では、軍部に対する愚痴はその程度では済んでないようです。軍首脳は、鉄兜を被って鉄砲担いでいる人足の手配士とか、ナイメリアを喰い荒らすシロアリとか、言いたいことは理解できますが、あまりに軍部を刺激して不満分子が蜂起。戒厳令にでもなると・・・」


アルネスは、懸念していることを伝えた。


「そうだな。現状で軍政下になれば、セヴェルスラビアの前に我が国が倒れかねん」


「案外、救国内閣が必要なのは、我が国の方かもしれません。まあ、このような話をしていても、軍警察が踏み込んで来て逮捕されないだけマシではありますが」


アルネスの言葉の直後に、大臣室の電話が鳴った。


「ああ、エリクセンだ。マルメディア大使が到着したかな?」


エリクセンが手にした受話器のスピーカーから、悲痛な声がした。


「大臣、そこからお逃げ下さい!軍が省内へ乱入して来ました!」







 













































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