第111話  大聖堂にて③

聖ラウレンシウス大聖堂内バルバロス修道院 礼拝堂



「セヴェルスラビア摂政、アレクセイ・パヴロヴィチです。ツー・シェーンハウゼン侯爵、手間を取らせて申し訳ない」


「マルメディア外相、ツー・シェーンハウゼン。お召しと聞き、参上いたしました」


摂政アレクセイ殿下が、隣の聖職者服の人物を紹介する。


「こちらは、東方教会大・・・」


「お初にお目にかかる。大主教セルギイです、あ、いや、先年の休戦協定締結の際の懇親会でお会いしてましたかな?」


紫色の大主教服を着た人物が、そう名乗った。

 

「・・・はて、東方教会は皇太子ニコライ殿下を支持していたのでは?」


ツー・シェーンハウゼンが疑問を口にした。


「私個人は摂政殿下を支持しているのですがね。教会の一部過激派が皇太子殿下の即位を希望しているのですよ。少数派だが、声だけは大きくてね」


東方教会は割れているのか?

対応に気をつけないと、泥沼に足を踏み入れることになるな。


「帰国の時間もありますので、用件を手短にお願いしたいのですが・・・」


「皇太子が即位し皇帝となった暁に、マルメディアへ軍事支援の要請が出されることでしょう。その際には、要請を黙殺して頂きたい」


「黙殺するか、要請に応えるか、それは我が国政府が判断することなので、この場での回答は致しかねる」


「外相閣下、皇太子派は、皇位正統後継者というだけで外国勢力を誘致し内戦を引き起こそうとしているのです。教会としては看過できるものではありません」


セルギイ3世が言う。


「マルメディアとしては、セヴェルスラビアの内政には不干渉の方針です」


ツー・シェーンハウゼンが説明した。


「今の段階では、ですが」


「では、介入もあり得ると?」


アレクセイ殿下が、即座に問うてきた。


「こちらが弱っている時に、軍事侵攻を考えるなど・・・」


「これはこれは!先年の戦争では一方的に協定を破り我が国へ侵入し、領土を劫掠したセヴェルスラビアの摂政殿下のお言葉とも思えませんが」


「・・・」


「そう、摂政殿下。一般論を言うならば、我が国の北方国境は安定している方が良い。だが、不安定になりそうならば、予防戦争も考慮しなくてはならない」


「侯爵。あなたは、クフシュタイン=フォルベック=シリングベルク家の当主ですね」


アレクセイ殿下が言う。


やはり、そう来たか。

『外相』ではなく『侯爵』と呼んでいたのは、それか。


「私は、クフシュタイン=フォルベック=ルイコフ家の者です。クフシュタイン=フォルベック家がシリングベルク家とルイコフ家に別れたのは、250年程前の・・・」


「本家分家だの親戚だの、意味のない話は止めませんか?私はマルメディアの国益を考えなければならない立場なのです」


「・・・あなたにも、セヴェルスラビアの皇位継承権はある」


「それについては、我が先祖が放棄済みですが」


「外相閣下、仮に貴国が喪失した領土を我が国が返還した場合、内戦へ不介入ということは可能であろうか?」


「・・・外交交渉です。『絶対ない』は絶対ないネヴァー・セイ・ネヴァーとしか言えません」


「そう、交渉という話し合いの場を持つ事は、大変重要です」


アレクセイ殿下が、殊更に強調して言った。


「両国の間に交渉の窓口を確保して、不幸な事態を回避できるようにしなければなりません」


「外相閣下、帰国の時間が迫っております」


ツー・シェーンハウゼンの随員が声をかけた。


「申し訳ないが、この話はここまでとさせて頂きます。では、摂政殿下、大主教、お暇の時間なので・・・」


そう言い残して、マルメディア外相と随員は修道院の礼拝堂を後にした。





「これはセヴェルスラビアの周辺国で会談を持つ必要がありそうだな」


ツー・シェーンハウゼンが、大聖堂前に駐めてある馬車へ向かいながら、随員へ語った。


「各国で協調介入でしょうか?」


「うむ。セヴェルスラビアの分割について話し合いをしなければならない」


「分割ですと!」


「ああ、皇太子派でも摂政派でも、この国はダメだ。地獄の門が開こうとしている」


本来なら、その門が開かないように仲裁に入るべき東方教会が分裂し、両者に肩入れしている。


解せぬ。


セルギイは何を考えているんだ?


まさか帝政を廃して、聖俗一致の一大宗教帝国を築くつもりか?






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