第110話  大聖堂にて②

聖ラウレンシウス大聖堂 聖職者室



「ですから、武器弾薬の支援、レヴィニア陸軍の派兵を求めているのです」


聖職者室で、ナターリア公が訴えていた。


「おええ」


「それは理解できる」


「む、いああ、ららあ」


「ただし、レヴィニア陸軍派遣にしろ、武器弾薬供給にしろ、無償では行えない」


「いあ、いあ、いーあ」


侍従の『通訳』に満足そうに微笑む、ヘンリク大公。


「・・・無償で要求する訳ではありません。武器や弾薬については正当な価格を支払います。軍の派遣についても、派遣費用の負担や、負担が能わない場合には領土の割譲も考えております」


ナターリア公が応じた。


「おえっ、おおいいああ」


「それは、セヴェルスラビア皇帝、政府としての正式な要求なのか?」


「いんあ、いんいん、らああ」


「要求する武器の種類、その数、要求する派兵の規模は?」


「小銃10万丁、弾薬1000万発。重砲500門、軽砲2000門、それぞれに見合った弾薬数。レヴィニア陸軍からの派兵数は、動員可能な限りの人数を」


ナターリア公付きの侍従武官が言う。


「えおっもいっか」


「即答しかねる。国へ持ち帰り、政府として回答したい」


「む」


「大公殿下、信義など無く他国を侵略し戦争経済を拡大再生産する国家と、国民の権利を重視し他国と協調、協商を行なっていく国家、どちらがレヴィニアの国境北に位置するには望ましい国家でしょうか?」


「きょっ、協調ーっ!」


「両国双方の利益となる回答をお待ちしております」


「しっしう」


「これにて会談を終了し、帰国して案件を検討したい」


「うむ、む」


「帰国の足を止めてまでの会談、感謝いたします」


「あっかっ、退出ーっ!」


「・・・です」





「何ですか!痴呆老人を皇帝大葬礼に派遣してくるとは!無礼極まりない!」


聖職者室で、ナターリア公が激昂していた。


「母上、こちらの要求は伝えたのです。回答を待ちましょう」


皇太子ニコライがナターリア公へ言う。


「・・・しかし、あの大公の発言を『通訳』と言うか『翻訳』できる侍従、一体何者でしょうか?」


皇太子付き侍従が疑問を口にする。



「長年仕えている侍従なのでしょう。そうでなければ、あの発言を解釈するなど出来る筈がありません」


「母上、あのような方もいるのですね」


「たしか89歳と聞きました。棺桶に半分身体を埋めているような人物、しかも言語不明瞭な王族を遣すとか、レヴィニアには恥も外聞もないのですか!」


ナターリア公の怒りは、収まることはなかった。





「ユゼフ、ワシの演技もなかなかだろう?」


在セヴェルスラビア レヴィニア大使館へ向かう馬車の中で、ヘンリク大公が侍従ユゼフ・バランスキへ尋ねた。


「まずまず、ですか。ただ、大公殿下の演技を見て、マルメディアの外相が笑ってましたね。普通なら非礼に当たる行為なのですが、演技と見抜いから笑っていたのでしょう。他国の参列者は、ただただ呆れていましたが」


「うむ、そうか。ならば、あそこで失禁でもしておけば完璧であったかな?」


「大公殿下、そこまでは・・・一応、外聞と言うものがあります」


「もうすぐ90になる人間だ。恥も外聞も無いわ。祖国へのご奉公だ、何ら恥じ入るところは無い」


言い切るヘンリク大公。


「しかし、演技だと見抜かれていたか。マルメディアの外相は、侯爵の地位だけで外相に就任した無能と聞いていたが、そうではなかったか」


「ツー・シェーンハウゼン侯爵でしたか、我が国との捕虜返還協定を纏め、数年前にはセヴェルスラビアとカルシュタインと休戦協定も纏めています。無能には出来ないことです」


「そうであったな。腐ってもマルメディアか、人物はいるのだな」


「我が国には・・・」


「有能な政治家がいない訳ではない。だが、足を引っ張る輩が多い為に、能力を発揮出来ないでいる。そこが問題だな」


「・・・それは前宰相、シルベルマンのことでしょうか?」


「下手糞な笛で踊らされる軍高官も、だ。まぁ、ワシは間もなく天国へ召され・・・こら、ユゼフ。何がおかしい?」


「いえ、何も。お続け下さい」


「・・・失敬な奴だな。ま、ワシとしては、地獄の釜で煮込まれるシルベルマン一派を天国から見下ろすのが楽しみで仕方ない、といったところだな」


彼奴ら、また何か事を起こそうとするならば、政治的だけではなく、物理的な意味でも刺し違えてやる。


そのように、ヘンリク大公は思った。





























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