第109話 大聖堂にて①
セヴェルスラビア 帝都デミドフ 聖ラウレンシウス大聖堂
「本日は亡き皇帝の大葬へ参列頂き、ありがとうございました」
14歳になったばかりの皇太子ニコライが、齢89になるレヴィニアのヘンリク大公へ挨拶をしている。
「む、む、あいいや」
入れ歯が合ってないのか、はっきりとしない言葉でヘンリク大公は応じた。
「大公は、挨拶、大義である、と申しております」
侍従が『通訳』して皇太子ニコライへ伝える。
「大公殿下の訪問というこの期に、両国の友好が一層深まることを希望します」
「おおおい」
「その通りです、と仰せです」
「・・・つきましては、両国間の協力について会談を持ちたいと思います。皇太后になる母、ナターリアも同席させて頂きますが、お時間を頂けないでしょうか?」
「・・・かっ、快諾ーっ!」
「喜んで会談に応じたい、と申しております」
「む、む」
ヘンリク大公は、満足そうに頷いた。
「では、こちらへ」
皇太子ニコライ付き侍従が案内をして、一行は大聖堂身廊の説教壇前から立ち去った。
その一部始終を見ていたマルメディア外相ツー・シェーンハウゼンが苦笑いしながら、隣にいた外務省随員に話しかけた。
「いやあ、レヴィニアにも策士はいるな。大公殿下の称号を持つ格式高い人物で、しかも言語不明瞭だ。呆け老人を派遣したきたのは、セヴェルスラビア側から何かを要請されることを想定して、この人物とは会談にならないと思わせることが目的であろうな」
「老人性痴呆の王族を外国との式典に派遣して、レヴィニアには他に人がいなかったのでしょうか?セヴェルスラビアを愚弄する行為にしか思えないのですが・・・」
「まともに話せる国王のヤン2世が参列して、セヴェルスラビアから何かを持ちかけられ約束させられては堪らんと、政府の要人が考えた上での人選なのだろう」
「・・・なるほど。大公とは言え、見た目が痴呆の老人とは真面な会談はできない、と」
「ああ。あの侍従、実は外務省職員で、余計な約定を結ばないように『通訳』しているのかもしれん。しかし考えたなぁ、我が国も参考にしなくては」
「我が国の王族の長老格でしたら、ヘルマン公ですが・・・」
「矍鑠としているヘルマン公に痴呆老人を装って下さい等と申し上げたら、無礼討ちは必至だな。陛下から話を通してもらうしかないか。いや、それにしても、こいつはやられたな」
ツー・シェーンハウゼンは微笑みを浮かべている。
「葬儀も終わりましたし、我々もこれで・・・」
「帰るとしよう。長居は無用だ」
マルメディア使節一行は、足早に説教壇前から立ち去ろうとしたが、そこへ声がかかった。
「侯爵閣下、お待ち頂けないでしょうか?私、摂政アレクセイ付き侍従のキリロフと申します」
キリロフと名乗った男は、灰色の修道服を着ている。
「何用かな?」
「我が主アレクセイが、侯爵閣下との会談を希望しております。どうか、お時間を頂けないでしょうか?」
「はて、摂政殿下は先程までこの場所にいた筈だが、わざわざ人を介してまで私を召し出すとは解せませんな」
「その点も、主から説明させていただきます。何とぞ、何とぞお時間を」
「・・・では案内していただこう」
ツー・シェーンハウゼン外相と随員は、キリロフの後を着いて行き、翼廊の側面出口から大聖堂を出て併設されている修道院へ向かう。
修道院に入り、何枚もの扉を通り抜けると小さな礼拝堂に辿りついた。
その礼拝堂には摂政アレクセイ公と、もう一人、意外な人物がツー・シェーンハウゼンを待っていた。
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