第108話  アウトソーシング

レヴィニア 首都シロンスカ 外務省会議室


「セヴェルスラビア大使が、そう言っていただと?」


外務大臣ブックスバウムが首を捻った。


「・・・妙だな。大使のエレメンコは、たしか摂政のアレクセイ派ではなかったか?」


「はい、私もそう聞いていたので、皇帝の、いえ皇太子の要請で軍事支援が可能かを尋ねてきたのは意外でした」


外務省事務次官ステファンスキが言う。


「摂政派を装っていたのか、あるいは、皇太子派を装っているのが擬装なのか、判断に苦しみますが」

 

「参ったな。明確な事実は、皇帝アレクサンドルが亡くなった。立太子しているニコライの即位が濃厚である。ニコライの即位に反対していて、アレクセイ即位を望む貴族が多数いる。この3点か?」


国王評議会外交顧問、前外務大臣クビッツァが口にした。


「東方教会は皇太子派である、という点もあります」


ステファンスキが加えた。


「国体の正統性は、明らかに皇太子派にある。皇太子から何か要請があれば、我が国としても対応しなければならない。だがなぁ、東方教会が支持している皇太子を支援するのは、聖教会からすると裏切りだろうな。これは拙いことになる」


ブックスバウムが呻いた。


「先日、シロンスカ大司教ヘーヴェルから国債購入の申し入れと言うか、聖教会からの財政支援の表明がありました。聖教会を刺激するのは、下策です」


大蔵省事務次官ブラントが説明した。


「ううむ・・・皇太子の支援は無理だな。支援するなら、正統性を欠く摂政派になるのか」


ブックスバウムが頭を抱えた。


「セヴェルスラビアの内戦など放置で問題ありません。難民が大量に押し寄せてくるなら、その時には我が国としても考えなくてはならないでしょうが」


ステファンスキが提言する。


「我が国も内情は不安定だ。他国に軍を派遣している余裕などない。マルメディアとは不戦協定を締結して西部国境は安定しているが、南西部の元ヴァレーゼ領には軍を張り付けておかないと、万が一ということもあり得る。支援するにしても、武器弾薬の有償での供給しかできないでしょう」


陸軍参謀本部次長カサンドルが私見を述べた。


「・・・どうにも動きようがないな。動く必要もないか」


ブックスバウムが言うと、


「閣下の仰る通りです。我が国は内政へ傾注し、やるべき事をやるだけです」


ブラントがそう言った。


「葬儀への参列ですが・・・」


ステファンスキの問いに


「陛下に御出座願おう。言葉は悪いが、このような時こそ役に立ってもらわなければ」


クビッツァが応じた。


「いや、陛下の参列は危険だ。セヴェルスラビアから何か言われて、簡単に約束してくる可能性がある。そうなると、取り返しのつかない事態になる場合もあり得る」


ブックスバウムが国王参列は問題だと言う。


先般のマルメディアとの交渉を破綻寸前に追いやった実績があるだけに、それを思い出してクビッツァが唸り声を発した。


「ううむ、そうであったな。失念していた。では、どなたに参列を・・・」


「大公殿下は?」


カサンドルが思いついたように言った。


「そうだ、大公がいらっしゃるではないか」

「ヘンリク大公か!」


数名から声が上がった。


先王弟であり王族の重鎮。

王位継承権を放棄して、替わりに大公の称号を得たヘンリク大公ならば、皇帝の大葬参列にも格落ちにはならない。


「では、外務省側としては、国王代参としてヘンリク大公を大喪の礼に派遣するのが適当である、と宮廷へ上げよう。宰相には事後報告になるが、反対はしないだろう」


宰相パフルヴィッツは、現在ヴァレーゼを訪問中だ。


「あと、軍からは、何か意見等ありませんか?」


「そう・・・残念ながら、軍は一枚岩とは言えない状態にあります。軍刑務所で服役中の前大臣トカチェンコの影響が相当に残っています。軍を動かした場合、中央政府の命令に従わない部隊も出てくることが予想されます。参謀本部次長として、このような発言をするのは無責任かもしれませんが、現在のレヴィニア陸軍は、躾のされていない飼い犬です。飼い主の命令に従わない、誰にでも噛み付く。軍を信用して動かすと、内戦が起きる場合もあるということを、政治家は理解して頂きたい」


カサンドルが淡々と述べた。


「では、その飼い犬をどうやって躾けるのかね?」


ブックスバウムが尋ねた。


「・・・軍情報部では、前宰相シルベルマンが存在していない企業から多額の献金を得ていることを掴んでおります」


「あいつか」


苦々し気にクビッツァが言う。


「先般のマルメディアのオストマルク騒乱は、軍の現地部隊の独断先行ではなく、宰相シルベルマンの指示によるものだ、と情報部では見ております。だが、『表』に出せる証拠が無い」


「・・・何が言いたい、参謀本部次長?」


クビッツァが問うた。


「まぁ、何と申し上げますか、シルベルマンとトカチェンコ派の陸軍高官が頓死でもすれば、陸軍内も風通しが良くなることでしょう」


「次長は、それらの人を暗「まあ、都合よく亡くなってくれるとは、到底思えないのですがね」さ・・・」


ブラントの発言に被せるようにして、カサンドルが言った。


「あちらはあちらで、暗殺を警戒していることでしょう。簡単に運ぶなら、軍の特殊な部隊が処理しているのですが。おっと、つい独り言が声になってしまいました」


カサンドルが皆に聞かせるように言う。


「・・・貴重な意見に感謝したい、参謀本部次長」


ブックスバウムが謝意を述べた。


2月のカルシュタイン大使暗殺事件は、未解決のままだ。

あの事件の犯人なら、シルベルマンの暗殺など容易いことだろう。

マルメディア側が実行したのは明明白白なのだが、一切証拠がない。

オストマルク騒乱の黒幕はシルベルマンでしたと密告して、暗殺を『請け負って』アウトソーシングもらうのも手だな。


不謹慎だが、ブックスバウムはそう考えた。


「ああ、外務大臣。陸軍情報部がオストマルク騒乱の黒幕はシルベルマンらしい、とマルメディアへ流したのですが、あちらでは裏を取っているのか、動きがありません。彼らが動いてくれると、我々としては助かるのですが」


カサンドルの言葉に


「・・・基本的に私は人間性善説を信じているのだが、それでは現実社会は渡っていけないのだな」


とブックスバウムは自嘲した。


「閣下の信仰はどもかく、その存在自体がレヴィニアの国益に反している人間の処遇を考える時期が近いのでは?」


カサンドルの言葉に、全員が黙り込んだ。














  










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