第105話  難題は不意に③

「恥も名誉も無い、と言われると、はい、その通りですと返すしかありません」


フョードル公が淡々と答えた。


「我が国の過去を振り返ると、それ以外の表現は・・・ああ、飢えた狼の方が上品だ、もそうですか」


「・・・母国のことを悪し様に言われているのに、何とも思わないのですか?」


唖然としていた陸軍大臣が、思わず声に出していた。


「事実ですから」


仕方ない、とフョードル公は言う。


参ったな、挑発に乗ってこないな。

外務大臣は顔を床に向けていたが、苦笑いしているようだ。


「ふむ。では公爵は、この親書の内容について他に意見は持っているのかな?」


これはタフなネゴシエーターだ。

本音を聞き出すのも、交渉の場へ引き出すのも、一苦労どころではなさそうだ。

とりあえず言葉をやり取りして、何か取っ掛かる所を見つけるか。


「私の意見、ですか」


意外な事を尋ねてくるな、という表情を見せる。


「私は親書を運んできた単なる使者クーリエです。親書の内容について交渉を任された特命全権大使ではありませんし、外務大臣でもありません。公的な資格を持たない一皇族の意見など、披見する価値がないと思いますが」


「価値云々は、こちらが判断する」


「そう・・・我が国が内戦一歩手前である事を、敵国へ教えるのはどうか、という点が一つ。それから、ナターリア公は如何なる資格で、外国へ軍事支援の要請を行なっているのだろうか、でしょうか」


じゃあ、何であんたは使者になったんだ?と口から出かかるのを、何とか抑えた。

向こうの挑発に乗せられてしまいそうだ。


「そうだな。病床にある皇帝でもなく、政務を代行している摂政アレクセイ公でもない人物が、このような重大事項に関与するのは問題がある」


「長男のニコライ殿下が立太子しましたが、自身の摂政就任がならなかったので、ナターリア公も焦っているのでしょう」


自らの意見と言うよりは、誰が見てもそうだろうという一般論を述べた。


「貴重な意見、感謝したい。ちなみに、公爵は何故使者に?」


「立候補はしていません。ナターリア公から一方的に頼まれたからです」


「・・・そうであったか。この親書の回答についてだが、特に求められてはいない、と判断してもよろしいかな?」


親書を見せて、そう尋ねる。


「この場で回答を頂けるとは私も思っていませんし、ナターリア公から回答については言われておりません。正式に軍事支援を求めるのであれば、特使が近い将来に陛下の下を訪れる筈です」


「それでは、貴公は子供の使いではないか」


嫌味の一つも言いたくなった。


「ええ、その通り」


フョードル公が平然と答えた。


「自分の息子を皇帝にしたいがために外患誘致をするなど、子供以下の発想ではありませんか。その使者が私ですから、まぁ陛下の仰る『子供の使い』は妥当な表現かと」





フョードル公が退出した後の国王執務室は、奇妙な空気に包まれていた。


「あの男、こちらの挑発を軽くあしらっていたな」


「陛下、どうなされますか?」


外務大臣が尋ねてきた。


「どうにも動きようがないな。親書には『軍事支援を要請する』とあって、我が軍がセヴェルスラビア領内で戦闘する直接軍事支援を求めているのか、単に武器弾薬の供給を求めているのか、全く分からない」


「支援が有償か無償か、それについては?」


「何もない」


溜め息混じりに答えるしかなかった。


「一体、あの公爵は何をしに来たのですか?使者とは思えない答弁を繰り返していましたが」


陸軍大臣が首を捻った。


「前皇太子妃で現皇太子母のナターリア公から軍事支援の要請があった。セヴェルスラビアでは、皇太子派とおそらく摂政派の間で内戦が起きそうだ。それを我が国へ伝えた。この3点・・・」


「内戦が起きないように、仲介してくれということかもしれません」


外務大臣が意見を述べた。


「いや、仲介ならばセヴェルスラビアには東方教会がある。我が国に仲介を依頼する必要はないと思うが」


陸軍大臣が、仲介はないだろう、と意見した。


「東方教会自体が、当事者になっているかもしれません。どちらかに与しているか、あるいは我が国が把握していないだけで、教会が第三の勢力となっているのかもしれません」


外務大臣が恐ろしい事を口にした。


確かに東方教会が当事者では、仲介の労は無理だろう。

だからと言って、こちらに話を振られても困るのだが。


「とにかく、この親書は黙殺するしかない。内容が何もなく、我が国が何かを検討する余地がない」


そう言って、この件の話を打ち切った。



















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