第101話  貧乏男爵家①

カルシュタイン北部デトモルト県 ベーブリンゲン郊外



夏至が近いこの季節、フォン・ハイゼ男爵家では早朝から大勢の人間が仕事を開始していた。


7月からの杉の伐採に備えて、数日かけてマルティニキア国境まで広がっている領地の森林へ分け入り、伐採予定の樹木の選定をしなければならない。


この作業に、フォン・ハイゼ男爵本人が同行する。


「…もう少し使用人を雇えるなら、私自身が野営までして森林へ入る必要はないのだが」


男爵がかなり早い朝食を終え、紅茶を飲みながら溜め息をついた。


6月とは言え、森林地帯では冷え込む日もあれば、当然、嵐の日もある。


晴れた日には気温が上がり、汗塗れになって森林に分け入り、搬送しやすい場所の立木を選定し、伐採予定の目印を付ける。


7月から8月までは、6月に目印をつけた樹木の伐採になる。


冬季は11月から12月が杉の伐採に適した季節だが、積雪が深くなる12月には作業が困難になる。


11月の伐採に備えて、10月には選定作業の為、森林地帯へ遠征しなければならない。


人手不足から、男爵本人が作業に加わることがほとんどだ。


雪が溶けたら、下生え苅りに下枝、枯れ枝払いと林業は無限に作業が続く。


その合間に、伐倒後6ヶ月以上放置して葉枯らしを行なった原木の搬出をし、禿山にならないように植林も行う。


「フォン・ハイゼ男爵の領地は広大な森林資源があって、内証が豊かで羨ましい限り」などと、寄親のフォン・カレンベルク侯爵主催の集まりで他の貴族から言われるが、冗談ではない。


蚊に刺されながら森林へ分け入り、氷雨に打たれながら伐採をやってみろ、と男爵は思う。


…まぁ、人手不足が、と言うか人手を雇える金が無いのが原因で、そうなってはいるのだが。


苦労して伐採し、森林から搬出した原木だが、そのままでは材木商に買い叩かれる。


原木を製材し、付加価値を付けて出荷しなければ儲からない、と気付いて領内に製材所を設置した。


製材所の作業は、搬入した原木の皮剥き、木取り、大割り、板割りと、知識と経験がないと出来ない作業が多い。


熟練の職人を新規で雇い製材所を稼働させたが、製材が終わった後の材木の灰汁抜き、自然乾燥に時間が必要で、まだ利益が出せる段階ではない。


行く行くは、この製材で家具や木工製品を作製し、販売して利益を出したいところだ。


「さて、蚊に刺されに行ってくるか」


自嘲気味に呟いた声を、執事長のミルヒが聞いていた。


「旦那様あってのフォン・ハイゼ男爵家です。くれぐれもお身体には、お気をつけ下さいますように」


「ああ、ありがとう。執事長、紅茶をもう一杯、お願いしたい」


「かしこまりました」


執事長が応えた。





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