第98話 国王会議①
マルメディア王宮 南二の間
国王会議
「…では大蔵省の判断だと、ドーリアは下げ止まらない、と」
嫌がらせでカルシュタインの偽ドーリア札を作って、少々
『鉄槌作戦』の原型を考えた、警察の人間って鬼だわ。
経済犯罪専門家のヘフナーだっけ?
恐ろしい男だな。
「はい。取り付け開始前で、1ゴルト834.33ドーリアでした。現在は、1042.91ドーリアです。2割の下げですが、下げ止まりの材料がありません」
大蔵省事務次官ナウマンが説明した。
「我々は、1ゴルト1400ドーリア程度までは落ちて底を打ち、1200ドーリア…3割の暴落の線に収束するだろうと見ています」
——自国通貨が3割も暴落とか、国土の3割が焦土と化したのと変わらない。戦争で負けた訳でもないのに、そんな事態になるとは…——
陛下、謀略を用いた経済的戦争でカルシュタインは負けたのです。
「カルシュタイン国内では信用崩壊寸前で、経済の梗塞が起きつつあります。向こうの金融・財務当局の対応次第では、大恐慌になるでしょう」
ナウマンは、恐ろしいことを簡潔に述べた。
「その、事務次官。経済連鎖で、我が国に恐慌が波及してくる可能性はどうなのだろうか?」
「無いでしょう。国境を接していますが、カルシュタインとの貿易額はさほどなく、占領されてしまった東カリンハルとのゴルト決済が殆どです。南はヴァレーゼですが、こちらも貿易額は知れたもので、ヴァレーゼの経済自体も堅調。北はナイメリアと交戦中のセヴェルスラビアが防波堤になっているので、こちらからの影響もないでしょう。唯一、マルティニキアからの波及が心配ですが、マルティニキアも平静を保っています。我が国で銀行恐慌、取引所恐慌が起こるようなことにはなりません」
「…この恐慌でカルシュタイン国内経済的は、混迷を極めることになるだろう。その不満を、外征で逸らす可能性はあるだろうか?」
「この経済状況下での戦争遂行は、国が保たないでしょう。いくらカルシュタインでもそれはないと、本職は判断します」
陸軍大臣フォン・クライストが自論を披露した。
「外務省も同じ見方です。ただ、この経済状況が続いた場合、経済的難民が発生し、大量の難民がマルメディア国境へ押し寄せるかもしれません」
外務大臣ツー・シェーンハウゼンが言った。
「 あと、もう一点。経済の混迷が続いて、東カリンハルが分離独立に出る可能性があります」
——拙いな、東カリンハルは、元々は我が国の領土だ。蜂起した臣民を見捨てるのは、下策だと思うが——
「陸軍大臣、その場合の対応は?」
「…軍は、命令があれば出動いたします」
陸軍大臣の回答は、歯切れが悪かった。
「国境線沿いに配備されているカルシュタイン陸軍30個師団を食い破り、東カリンハルの占領を目論むのであれば、この作戦には最低でも戦時編成の60個師団を投入しなければならないでしょう。兵数的には、ほぼ全軍となります」
参謀総長フォン・クリューガーが説明する。
「投機的すぎる作戦だな」
「経済混迷が長期に渡り、カルシュタイン軍の削減が実施されたり、装備の更新等が出来なくなるような場合は、その時点での再評価が必要となります。ただ現状では、越境して攻勢に出た場合には勝利を得るのは極めて困難です」
——勝てないのか——
勝てない戦争をやる訳にはいかない。
何としても回避しなければ。
「では、この地域の住民がそうしないように、慰撫しなければならないな。
「このような分離独立運動は、基本、同時多発的に市民の中から上がってくるものです。これを抑え込むのは、極めて困難です。東カリンハルに留まった有力者へ内々に『分離独立闘争をしても、マルメディア軍は動けない』と警告を出すことしか出来ないでしょう」
外務省第五局局長フォン・ヴァイゼンが述べた。
——こちらも無理か——
それはそうでしょう。
分離独立運動を簡単に抑え込めるなら、当事者のカルシュタインが実行する筈です。
…ってか、打つ手無しってことか。
「難民発生の場合、これは我が国は受け入れるべきだと思うが、どうだろう?」
「一時的に難民を収容する施設が必要になってくるでしょう。その土地と資材を用意しなくてはなりません」
法務大臣アインホルンが言う。
「今から予算を配分して、ということではなく、仮にそうなった場合に必要である、という認識を各諸氏に持って頂きたい」
ここでも金か、やはり金が無いと何もできない。
レヴィニアから割譲された4県の社会資本整備に予想以上に金が必要で、補正予算を組んで何とか対応している。
ここまで金がかかるとは、正直思ってもみなかった。
ただ、人口は400万人弱増えた計算だ。
人口が増えると国力は増強する。
人が多く集まれば、新しい思想、新しい発明、新たな発見が生まれて、そうして国は、文明は発展していく。
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