第97話  鉄槌⑪

カルシュタイン西部シュパイアー州クニッテルベルク


市警察の殺人課では、頭を抱えていた。

後頭部に銃弾を打ち込まれて顔面を粉砕された被害者は身分を証明するものを所持しておらず、服をはじめ所持品にはタグが全く付いていなかった。


被害者の傍にあった鞄には被害者の指紋が付いていて、カルシュタイン中央銀行の帯封が付いた5000ドーリアの続き番号の新札が3000枚、計1500万ドーリア(1億8000万円)が入っていた。


一瞬の犯行で、被害者の背後にいた犯人と思しき人間は、暗紺色ダークネイヴィーの背広を着ていたようだ、の証言しか目撃者からは得られなかった。


「まぁ、新札の続き番号で中央銀行の帯封付きだ。問い合わせれば、誰に渡したのか、その位は分かるだろう」

と捜査関係者は踏んでいた。


取り付け騒ぎの対応で休日返上での勤務となっていたカルシュタイン中央銀行へ問い合わせると、たらい回しにあったが、意外な回答を得た。


「PM6960001Kの番号の5000ドーリア紙幣?何かの間違いでは?」


「いや、番号はその番号で間違いありません。中央銀行の帯封が付いています」

殺人課の警部が説明する。


「専門家をそちらに派遣する。そちらの連絡先をお願いしたい。こちらの番号は・・・」


中央銀行の行員は警察との通話を終えると、中央銀行の別な部署へ連絡を入れた。


「偽造紙幣が、シュパイアー見つかりました・・・そう、こちらも5000ドーリア紙幣、3000枚・・・誰か専門家を・・・ええ、シュパイアーのクニッテルベルク警察です。では、よろしく」


預金封鎖をして取り付けの混乱収拾を図ったカルシュタイン大蔵省と中央銀行だったが、兌換券の5000ドーリア紙幣とゴールドの交換の兌換請求が一部で続出し、ゴールドの流出が始まっていた。

市中の宝飾店からは金地金インゴットや金貨、銀地金、白金プラチナ地金が消えていて、月曜日から再開される預金引き出しに加えて、兌換券の5000ドーリア紙幣への両替、ゴールドとの交換の兌換請求に人々が殺到するのが見えていたが、日曜になっても有効な対策を打ち出せないでいた。

正貨準備枯渇まで見えてきていた。

そこへ、市中で大量の5000ドーリアの偽札が出回っているらしい、という最悪な状況になっていた。




日曜日の夕方に、クニッテルベルクへ出向いた二名の中央銀行シュパイアー支店の行員から入った連絡は、絶望的な内容だった。


「造幣局では印刷していないPMから始まる番号の紙幣を鑑定したが、真札である」


中央銀行では、こちらも休日返上で取り付け騒ぎに対応していた大蔵省へ報告した。



「極めて精巧な5000ドーリア紙幣の偽札が、大量に出回っているだと?」

受話器を手にした大蔵大臣ギーガーが、大声をあげた。

「枚数は?」


「市中に出回っている枚数は不明です。現在、分かっているのは、二つの都市で3002枚が発見されたということだけです」

中央銀行総裁フォン・ブルクハウスが答えた。


「・・・正貨準備は大丈夫なのか?」

ギーガーが最悪の場合を想定して質問してきた。


「保たないでしょう。預金封鎖の延長か、預金引き出し制限をするしかありません。金兌換停止も視野に入れて下さい」


「それは、本位貨恐慌ではないか!・・・公定歩合を引き上げて、市場から銀行へ資金の流入を図れないか?」


「無理です」

フォン・ブルクハウスが、ギーガーの考えを否定した。

「市場では既に暴落が起こっています。公定歩合を上げると、暴落に歯止めが効かなくなります。取引所恐慌が発生していると表現しても、間違ってはいない状況です」


「・・・」


「大元の取り付けを解消して、銀行からの預金流出を防ぐ。先ずはこれです。次に・・・5000ドーリア紙幣の流通停止、回収」


「それは、事実上の金兌換停止だ。ドーリアの暴落を招く」


「では、ゴールドの流出を黙って見ていろ、と大臣は仰るのですか?」


「・・・分かった。首相に報告して判断を仰ごう。君も官邸へ同行してくれ」

力なく、ギーガーが言った。


単なる噂から始まった取り付け騒ぎで、カルシュタインは本位貨恐慌、金本位制廃止寸前の状況に陥っていた。



























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