第96話 鉄槌⓾
「お待たせして申し訳ありません。副支店長のシラーと申します。支店長不在ですので、私が承ります。早速ですが、こちらの紙幣のお話しを改めてお伺いさせて下さい」
行員は、副支店長を連れてきた。
「アドルフ・フリードリヒスだ。昨日、こちらの銀行で預金を引き出した」
そう言って、アドルフ・フリードリヒス名義の通帳をシラーへ渡した。
「・・・確かに、昨日の出金の記録があります」
通帳を確認したシラーが言った。
「私は変わった趣味を持っていてね、自分の名前の頭文字(イニシャル)と誕生日の10月21日の組み合わせの、AF1021で始まる番号の札(さつ)を集めるようにしてるんだ。それで、いつも手持ちの札の番号には注意を払うようにしている」
フリードリヒスが説明を続けた。
「昨日、払い戻しをした紙幣の番号も、精査(チェック)した。するとどうだ、AF1021で始まる紙幣があった。収蔵品(.コレクション)が増えたな、そう思っていたが、以前に見つけた5000ドーリア札の番号と同じ番号だってことに気がついた」
「・・・」
「この国では、同一番号の札が2枚も存在するのか?どうなんだ?」
「・・・大変申し訳ありません。こちらの2枚の紙幣につきましては、別な紙幣と交換いたします」
「いや、結構だ。また偽札で支払われても、こちらも困る。
にべも無く、フリードリヒスが言った。
「・・・早速、手配いたします」
副支店長がそう言った後、銀行内にいた客が「この札も
「いや、その、当行には
「兌換紙幣だろ?
「何だ、その不誠実な対応は!」
客が抗議の声を上げた。
「副支店長、この銀行の看板には、カルシュタイン中央銀行カルフリンゲン支店代理店の表示がある。兌換紙幣の
一連の遣り取りを聞いていた少尉が、そう言った。
「そうだ!」
「しっかりと対応しろ!」
支払いや振り込みで銀行を訪れていた客が、同意の声を上げた。
「・・・用意いたします」
副支店長は、そう言う以外になかった。
カルシュタイン西部シュパイアー州クニッテルベルク クニッテルベルク南駅
「ロレンツォ・ブルーノ」と書かれている紙を持った二人組が、改札でヴァレーゼからやって来る男を待っていた。
「俺がロレンツォ・ブルーノだ。あんたらが、迎えの人間か?」
ロレンツォが二人に近づいた。
「・・・その鞄はこちらで預かる。代わりにこの鞄を持ってくれ。旅券も預かる」
金髪の男が、置かれていた鞄を指差した。
「おい、随分じゃねぇか。こっちは名乗ってるんだ。そっちの名前くらい言ってもいいだろ?」
「俺の名前は
金髪の男、グイーダが、そう紹介する。
「・・・ああ、そうかい」
「あんたの不始末で、色々な人間が迷惑を被っている。分かってないようだな?」
ポルタボルセが差し出された旅券を受け取りながら、警告じみた発言をした。
「いや、そういうつもりじゃないんだ。ただ、ちょっと・・・」
「そういうつもりも、ちょっとも、俺達には関係ない。ついて来い」
グイーダが命じて、一行は駅を離れた。
「なあ、どこへ行くんだ?」
一抹の不安を感じたのか、ロレンツォが尋ねた。
「黙ってついて来い」
グイーダが怒気を含んだ声で、静かに言った。
「・・・分かったよ」
一行は、駅前の大通りと交差する、これも大きな通り沿いにある公園に着いた。
「・・・ロレンツォ、煙草は吸うのか?」
ポルタボルセが尋ねた。
「ああ、吸うよ。それが何か?」
「お前は今日からカルシュタインの人間だ。ヴァレーゼの煙草や
「ああ、分かった」
そう言って、リグーリア・スペチアーレの煙草とカゼルタの食堂の名前入りの燐寸箱を取り出した。
「代わりの煙草と燐寸を買ってくる。そこの
そう言って、グイーダとポルタボルセが離れて行った。
ほとぼりが冷めるまでって、二、三年かなぁ、とロレンツォが離れて行った二人を見ながら思っていると、後頭部に衝撃を感じて、意識が永遠に深淵へ沈んで行った。
19ラム(9.5ミリ)の先端空洞弾(ホローポイント)を後頭部に三発叩き込まれたロレンツォの顔面には大きな射出口が開いて、人相が分からなくなっていた。
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