第95話  鉄槌⑨

マルメディア 某所


「予想通りに、預金封鎖に出たな」

外務省第五局マルメディア情報局局長フォン・ヴァイゼンが言った。

「向こうは、金・土・日の三日間で、取り付け対策と混乱収束を目論んでいるのだろうな」


「しかし、考えが甘いです。休日返上で頑張ってもらいましょうか」

『鉄槌作戦』の原型を考えだした、警視庁経済犯対策部部長ヘフナーが応じた。

「営業再開となる月曜には、また別な地獄の門が開くでしょう」


「カルシュタインのあちこちに現れる、地獄の門か。予定通りに、次の段階へ進めます。よろしいですね?」

フォン・カルマン陸軍情報部部長が言った。


「更なる一撃を加えるとしますか」

フォン・ヴァイゼンが、その場を締めた。




ヴァレーゼ北西部シエーナ州カゼルタ カゼルタ駅


「いいか、ロレンツォ。当分の間、カルシュタインへ身を隠すんだ。向こうのクニッテルベルクで、迎えが来る手筈になっている」


「ああ、分かったよ、兄貴」

ロレンツォと呼ばれた男が、投げやりに、そう返事をした。


「お前なぁ、もう少し分別って物を持てよ。大切な商品の女をっちまうとか、何、考えてんだ?」


「俺じゃねえ、あのアマが悪いんだ。俺に挨拶しやがらねぇから、ちょいとしつけてやっただけなんだよ」


「・・・どこの世界に、死ぬまでしつけする奴がいるんだ?」

ロレンツォの弁明に、呆れているようだ。


「それはそうなんだけどさ・・・」


「ま、今さら言っても仕方ないか。向こうでは大人しくしてろ。俺から言えるのは、それだけだ」


「ああ」


「それとな、お前の財布を出せ」


「いや、カネが無いと、向こうで困るし・・・」


「代わりに、これを使え」

紙袋に入った財布を差し出される。

「お前の財布よりも高級だし、中身も詰まっている。その鞄も置いていけ。駅の手荷物預かりに必要な物が入った鞄がある」


「兄貴、色々とすまねえ。こんな高級そうな背広から靴に財布まで貰っちまって。おまけに一等寝台車とか、もう何て言ったらいいのか・・・」

手荷物預かり所で必要な半券を受け取った。


「旅を打つんだ、気にすんな。餞別代わりだ。じゃあな」


ロレンツォと呼ばれた男は、駅の手荷物預かり所で半券を出して鞄を受け取ってから、カルシュタイン北西方面アルクマール行き国際列車の一等寝台車へ乗り込んだ。




カルシュタイン中央部カルフリンゲン県トラウンシュタット


レーゲンスバッハ銀行トラウンシュタット支店


市民が暴徒と化して銀行を襲撃した場合に備えて、完全武装したカルシュタイン陸軍兵士が銀行の周囲に配置されていた。


アドルフ・フリードリヒスは、昨日とは打って変わって閑散としている銀行の中へ入って行く。


「いらっしゃいませ、本日のご用件は?」

入口で若手の男性行員に声をかけられた。


「支店長に会いに来たんだが、無理なら責任者に会って話がしたい」


「お約束はございますか?」


「無い」


「・・・あ〜、申し訳ございません。お約束の無い方とは、当日の面会はお断りさせて頂いております。後日、改めてお話しをう」

「この銀行は、払い戻す預金に偽札を使うのか!」

フリードリヒスが、大きな声を上げた。


「えっ?!」


「昨日、この銀行で払い戻した5000ドーリア札だ。そこの隊長さん、見てくれませんか?」

入口付近で警備に当っていた少尉の肩章をつけた士官へ、そう言って札を手渡した。


「ん?私がか?どれ、失礼して・・・」


透かしを見たり、紙幣の裏表を何度も見返していた少尉だったが、

「正直、私にはどこが偽札なのか、分かりかねますな。本物にしか思えない」

と言った。


「では、この札の番号をよく見て下さい」

別の5000ドーリア紙幣を、少尉へ渡す。


「番号?AF1021・・・71」


「私が先程渡したお札の番号は?」


「ええと、AF1021・・・71。馬鹿な!」

少尉が叫んだ。

「何で同じ番号の札が2枚あるんだ?」


「えっ、ちょっと待って下さい」

行員が少尉から紙幣を奪うようにして、2枚の紙幣の番号を確かめる。


「こんなことが・・・あり得ない・・・」

行員は呻いた。


「どう説明してくれるんだ?」

フリードリヒスが問うた。


「こっ、ここではお話しが出来ません。どうか、奥の部屋へのご移動をお願いいたします」


「いや、ここで結構だ。みんな話を聞きたがっているだろう」

銀行内にいた客数名が、遣り取りを見守っていた。


「ただいま責任者を呼んで参ります」

行員が慌てて責任者を呼びに行った。


「一体、どうなっているんだ、これは?」

少尉が首を捻った。

「どちらかが偽札なのか?」


「あるいは、両方とも偽札か」

周囲に聞こえるように、フリードリヒスが言った。












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