第94話 鉄槌⑧
カゼルタ商業銀行頭取ランディーノから、ヴァレーゼの大蔵大臣ヴェントゥーラへ電話が入った。
「はぁ?カルシュタイン西部で、取り付け騒ぎが発生だぁ?そんな話、未だ報告されておらんぞ!」
ヴェントゥーラが受話器へ叫んだ。
「蔵相閣下、ならば、これが第一報です。国境のこちらへ飛び火しないように、至急対策を」
「分かった。ちょっと待って・・・誰か、事務次官を呼んできてくれ!まず、特別融資と預金引き出し制限だな?それでもダメなら、預金封鎖か?」
「早急な対策と指示、お願いいたします。こちらに影響が出るまでには、時間差があります。時間との戦いになります」
「うむ、連絡に感謝する。では」
叩きつけるように受話器を置いた時に、事務次官ダ・カプアが入室してきた。
「お呼びですか?」
一礼した後に、ダ・カプアが尋ねてきた。
「銀行で取り付け騒ぎが起きた場合、これへの対策は?」
一切の説明抜きで、そう質問する。
「・・・そうですね、まずは銀行の現金不足解消の為のヴァレーゼ準備銀行からの特別融資。混乱抑制と万が一の暴徒鎮圧に備えて、取り付けが起こった銀行へ、警察か軍の派遣。預金引き出しの制限。この辺りですか」
整然とダ・カプアは答えた。
「で、どちらの銀行です?取り付け騒ぎが起こっているのは?」
ダ・カプアには狼狽る様子は、全く無い。
「カルシュタイン西部の大手銀行、全てだ」
苦々し気に、そう言う。
「・・・預金封鎖ですか、これは出来なくなりましたね。取り付け騒動の火元のカルシュタインと同じことをやるのは、下策です」
預金封鎖は出来なくなった、と語る。
「では、どうする?」
ヴェントゥーラが尋ねる。
「何か打つ手があるのか?」
「・・・省内で研究中の法律草案があります。金融機関倒産の場合、預金者、債権保有者に一律50万ラント(500万円)までは保証するという、預金保険法なのてす。それ以上の預金額については、保証されませんが」
預金保険か、上手い手を考えたな。
「財源は?」
「各金融機関の規模に応じて、それぞれが保証機構へ資金を供出する予定です」
ダ・カプアが続けた。
「この点については、各金融機関とは一切の折衝を持っておりません。相当な根回しが必要かと」
金融機関の了解を取り付けている時間はないな。
補正予算を組んで供出するしかあるまい。
「草案と言ったが、どの程度完成している?」
「ほぼ、です。先月に公布された、マルメディアの『預金者金融商品所有者等保護法』ですか、あれを叩き台にして作成いたしました。閣下、どうなさいます?」
マルメディアに、また先を越されたか。
「完成と見なしていいな?今日の本会議に緊急動議で法案を提出して、可決させる。それしかあるまい」
与党の議席数に物を言わせて、法案を可決させなければ。
野党へ根回ししている時間はない。
「早速、手配いたします」
一礼して、事務次官ダ・カプアが立ち去った。
何が何でも、夕方までに下院で法案を可決させて、本日中に施行だ。
それならば、ヴァレーゼでの取り付けは起きないし、起こっても小規模で済む筈だ。
とりあえず、首相のヴァレンティーノと準備銀行長官デ・パルマに連絡しなければ。
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