第93話  鉄槌⑦

4日前


ヴァレーゼ北西部 シエーナ州カゼルタ


アルジェント商会の、公開していない番号の電話へ通話があった。


「はい、ジアマッティです・・・おお、イワノビッチさんでしたか、この度の共同事業」

「要諦を話す。しっかりと備忘録メモにでも記入してもらいたい。よろしいか?」


カルシュタインの偽札を『格安』で販売してくれた、自称イワン・イワノビッチからだった。

イワノビッチの本名などに興味はない。

アルジェント商会の利益になるかどうか、その一点だけが問題だ。


「・・・はい、どうぞ。ご用件を伺います」


「アルジェント商会の皆さんは、今回の共同事業を誠実に行なってくれた。結果、我々も貴方達も多額の利益を挙げることができた。その信義に対し、情報をもたらしたい」


「その情報とは?」


「4日後に、カルシュタインのドーリアは紙屑になる。手持ちのドーリアがあったら、カルシュタイン中央銀行で金(ゴールド)へ替えた方がいい」


「・・・」

黙って、内容を記入する。


「それと、アルジェントさんが経営されているカゼルタ商業銀行。3日以内に、取り付けに備えて多額の現金を用意した方がいい。今日中にヴァレーゼ準備銀行へ融資を要請するのも良いだろう」


「・・・貴方が伝えたい内容について、記録した。つまり、4日後にカルシュタインの銀行で取り付けが起こる、それがヴァレーゼへ飛び火する、という理解で合っているのだろうか?」


一体、この男は何者だ?


「・・・共同事業の支払いを、こちらが無理を言って金(ゴールド)で行った。支払いには、さぞ苦労されたと思うが、アルジェント商会では約定を守ってくれた。そちらの信義に、こちらもお返しをしたい。それだけですよ、ジアマッティさん。ああ、最後の約束もしっかりと実行してくれると信じてますよ」


「・・・ああ、別に手間のかからないことだ。問題無く実行できる」


「あと、アルジェントさんにも宜しく。では」


そう言って、イワノビッチからの電話は切れた。

まず、首領(ドン)へ報告だ。


ジアマッティは、アルジェントがいる筈の商会会頭室へ足を向けた。


そうだ、ドーリアが紙屑になるなら、空売りショートするのもいいかもしれない。

いや、あまり派手に儲けるのは良くないな。




9時03分


おいおい、マジかよ?

本当に取り付けが起きた。


カルシュタインに南西部のモリーゼにあるアルジェント商会の店員が、国境を越えて情報をジアマッティに伝えてきた。


首領ドンアルジェントへ伝えるべく、商会会頭室へ向かう。


「国境の向こう側は、どうなっている?」


「国境付近は、情報が伝わっていないのか、まあそれなり、普段通りです。ただ、電話をよこしたクレーバーシュタット、アルクマール、クニッテルベルクでは、相当に混乱しているみたいです」


「よし、事実を伝えて、後は質問に答えてくれれば良い」


会頭室の入り口で執拗な身体検査をうけて、入室する。


「報告があります」


「聞こうか」

巨大な一枚板で出来た天板を持った机の向こうの椅子に座ったジアマッティが、帳簿から目を上げた。


隣の社員へ、目で促した。


「本日早朝より、カルシュタイン西部の都市、クレーバーシュタット、クニッテルベルク、北西部アルクマール、ハラインシュタインで、銀行の取り付けが発生しました。私がモリーゼを出発した時には、デュルクハイム銀行、ファイト=マイヤー銀行、ハルト=ゲティス共同銀行、レーゲンスバッハ銀行、キッシンゲン信用銀行の5行で取り付けが発生しておりました」


「・・・大手ばかりだな。取り付けだと、相当な人数が並んでいると思うが?」


「クレーバーシュタットのデュルクハイム銀行で800人を超えています。行列に並んでいる人に整理券を配って、その時点での最後尾が800でした」


「極めて重要な案件だが、何故、国際電信を利用しなかった?」


「料金が高額なのと、国際電信局へ行って文面を送信してヴァレーゼで配達するよりは、直接私が出向いた方が早いので」


「他に、私が知るべきことは?」


「今のところ・・・私がモリーゼを出発する前ですが、旧ヴァレーゼ領内に混乱はありません。次報を持って、1時間後に別な社員がモリーゼを出発する予定です」

と紙片を見ながら説明した。


「・・・ご苦労だった。朝食は、未だなのだろう?ジアマッティ、食事の用意か、開いている食堂へ連れて行ってくれ」


「手配します」「ありがとうございます」


二人の声が重なった。




























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