第89話  鉄槌③

4ヶ月前


大蔵省造幣局 ビルケンフェルト印刷所 偽造対策部


二酸化チオ尿素の濃度を調整しながら紙の漂白度を上げないようにして、カルシュタインの50ドーリア紙幣を漂白してみると、綺麗に顔料だけが紙幣から脱色できた。


だが、紙色は元の色を保っている。


何だ、これは!


元々、50ドーリア紙幣(600円)と5000ドーリア紙幣(6万円)は大きさが異なるだけで、透かしの意匠、大きさは同じだ。


この脱色した50ドーリア紙幣に5000ドーリア紙幣の意匠を印刷して大きさを合わせるため裁断すると、『本物の5000ドーリア紙幣』になる。


マルメディアの造幣局技師マンハイムは、直ちに報告を上げた。


そもそも、高額紙幣よりも少額紙幣の方が大きいとか、根本的に間違っている。


しかも、透かしの意匠も大きさも同じだ。

カルシュタインの造幣局は、馬鹿しかいないのか?





マルメディア 某所



小銭コインって、こんなに汚いものだったなんて、まぁ人生とは驚きの連続だな」


小銭を洗って、名状し難い暗灰色になった水で、仕上がった5000ドーリア紙幣を『洗って』使い古した紙幣に見えるような作業をしていた男が、そうこぼした。


「口よりも手を動かせ!ほら、乾いた札の取りまとめだ」


回転槽ドラム式乾燥機から使用感があるように見える紙幣が取り出され、無造作に箱に放り込まれる。


偽造紙幣製造で難しいのは、打数機ナンバリングマシーンを使って番号を印刷するので、仕上がった紙幣が連続番号になってしまうことだ。


新品の紙幣を汚してから回転槽式乾燥機へ入れ、それらを更に別の日に製造した紙幣と混ぜ合わせ、紙幣番号が連続しないように処理する。


この交雑作業シャッフルを気が遠くなりそうな回数繰り返すと、100枚に纏めた時に紙幣番号が連続しないようになる。


印刷よりも、この後工程に時間がかかる。

陸軍情報部書類偽造課の職員ほぼ総出で、この処理に当たる。


8時間勤務の三交代制、24時間体制だ。


「・・・この札束の山を見てたら、金銭感覚が狂ってきそうになる。束一つ盗んでもバレない。そんな気がするよ」


一人の職員の軽口に、


「そんなことしたら、明日にはマルメ川にお前の死体が浮かんで…いや、浮かばないな。腹を切り裂いて浮かばないように処理されるからな。ま、川魚を食べるのは、当分の間は無しってことだ」


と別な職員が返した。


「この作戦が成功したら賞与が出るんだから、黙って作業することだな」


造幣局から来た技師は、時折無作為に選んだ紙幣を拡大鏡を使って確認し、警察庁の人間は、これも無作為に選んだ紙幣に鉛筆でその日の売り上げのような数字を書き込んだり、30枚程度にまとめてから針で穴を開け、紙幣を取りまとめたように見せかける作業を行なっている。


それらをまた交雑させて、一箇所に固まらないようにする。


作業の最後は、紙幣の向きを揃えて100枚にまとめて、カルシュタインの銀行の帯封をする。


使い古した5000ドーリア紙幣100万余りが完成し、ヴァレーゼへ搬入する手配が整えられる。


「とりあえず、初回の5億ドーリア(60億円)分だ。旅行鞄トランク10個か、参ったね」


イワン・イワノビッチこと陸軍情報部ヨハン・ローレンツ少佐は、言葉とは裏腹に笑みを浮かべながら言った。

















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