第83話  鉄槌②

クレメンツァと呼ばれていた男が戻ってくるか、連絡を入れてくるか、それまではすることが無い。


アルジェント一行は、こちらを無視して食事を摂りながらの雑談に入る。


話題は、アルジェントが最近購入した競走用軽種馬(サラブレッド)のようだ。


「馬は、投資の対象にはならないな。投機に近い。毎月の経費も馬鹿にならない金額だ」


おやおや、貴方の資産からすると、馬の経費など微々たるものでしょうに。


「牧場主も調教師も『この馬は走る』と言った高い馬が、駄馬だったりする。生き物は、さっぱり分からん」


扉を叩く音がして「電話です」と声がした。


「私が受ける」


ジアマッティが部屋を出て行った。


さて、どうなるかな。


しばらくして、ジアマッティが戻ってきた。

アルジェントへ耳打ちして、何か報告している。


「結果は、真札だった。だが、同一番号の紙幣が2枚あるのはおかしい。もう一度、別な銀行と両替商で鑑定させる。使い古した方が偽造の場合も考えられる。今度はこちらだ」


「さすがです。念には念を入れましょう」


まあ、普通はそうなるよな。


だが、結果は同じだった。


「信じられん。この2枚は同一番号の真札だ」

アルジェントが呻いた。


「私共の商品の品質を、この国境の街カゼルタの銀行と両替商が保証してくれた訳です」


「…そうなるな。そちらから商談の内容について提示してもらおう」


「このヴァレーゼの5000ドーリア紙幣を100万枚、50億ドーリア(600億円)分を3掛け、15億ドーリア(180億円)、18億ラントで販売したい」


「50億ドーリアだと!」「馬鹿な!」


数名が大声を上げた。


「…旅行用鞄トランク100個分か」


アルジェントが呆れた。


「アルジェントさん、あなたの会社の粗利は、35億ドーリア(420億円)ですか。ええと、42億ラントになります。いかがですか?」


「…18億の金になると、さすがに右から左に動かせる金額ではない。そのことを、そちらの会社は理解しているのか?」


アルジェントが、ゆっくりと話した。


「何も『一遍に18億ラントを支払え』なんて、無理な取り引きを強要しません。初回は5億ドーリア(60億円)の取り引きで、そちら側の支払いは1億8000万ラント(18億円)にしましょう。この金額も無理ですか?」


初回の取り引きだけで、4億ラント(40億円)強の粗利益だ。


「…この取引でのお支払いが無理なようでしたら、残念ですがこちらとしては、同業他社の方へ話を持っていくほかありません」


「その条件で初回の取り引きを行いたい。この商品なら、4掛けでも買い手はつくだろう。我々に3掛けで提示してくれた、そちらの信義に応えたい」


アルジェントが右手を差し出してきた。


「商談成立だ」


「握手の前に一つ。どなたか食卓の裏側を見て頂けないだろうか?」


怪訝そうな表情を浮かべた何人かが、食卓の裏側を覗きこんで罵声を発した。


食卓の裏側には、自動式小型拳銃が収まっている拳銃嚢ホルスターが二つ、空の拳銃嚢が一つあった。


「1挺は、ここです」


労働者用上衣ブルゾンを捲って、帯革ベルトに挟んである小型拳銃を見せた。


「アギオスP25、極めて小型の自動式拳銃です。我々にはアルジェントさんに『危害』を与える能力はあるが、その意思はないことを、ご理解して頂きたい」


室内の全員が、言葉を失っていた。


「入り口で厳重な身体検査を行えば、武器は持ち込めない。まぁ、単なる錯覚に過ぎません。最初から室内に武器を持ち込んでいたら、意味がない」


左手でゆっくりと拳銃を抜いて、食卓の上へ置く。


「ここにいる皆さん。今後は注意してもらいたい。アルジェントさんは、大切な共同事業主なのです」


「…あ、ああ、注意しよう」


アルジェントが言った。


「部下を叱るのは、お止め下さい。そのような訓練を受けていないのですから」


後は商品搬入の日時、場所、支払い方法などの話をして、商談を終えた。


「さて、この拳銃3挺を仕舞う鞄が必要だ。ジアマッティさん、預けた鞄を」


鞄を返してもらい、拳銃嚢ごと鞄へ仕舞う。


「君の食事の支払いは、済んでいるのかね?」


支払い済みなのを説明してから、尋ねた。


「アルジェントさん、たしか金融機関を経営されてますよね?」


「カゼルタ商業銀行は、私の経営だ。5店舗ある」


「ふむ、これですか」


鞄の中から、カゼルタ商業銀行の封印がされた5000ドーリア紙幣100枚の束を渡した。


憮然とした表情のアルジェントへ、今後注意すべき点を幾つか説明し、握手を交わしてから食堂を立ち去る。


さあて、華麗なる舞台の幕開けだ。
















































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