第82話 鉄槌①
ヴァレーゼ シエーナ州カゼルタ
いつもの食堂へ、護衛を連れて入って行った。
よし、こちらも昼食にするか。
店へ入って、昼食を注文する。
この国の、
この長麦餅と、たっぷりの
今の格好は労務者風だが、いかにも昼食に食べそうな食事だ。
昼食の後は、仕事が待っている。
「ああ、すまない。ちょっと用事を頼みたいんだが」
近くを通りかかった給仕の少年を呼び止め、100ラント(1000円)紙幣を渡す。
「この封筒を、別室で食事している方へ渡してくれないか?」
「分かりました、渡してきます」
給仕の少年は100ラント紙幣を確認するように見てから、封筒を手にして別室の方へ向かった。
さて、餌は撒いた。
喰いついてくれないと、困ったことになる。
支払いをしている間に、別室から男が出てきて、先程の給仕を探して呼び止めた。
何か話をしているようだが、給仕がこちらを指差しているのが見えた。
男が歩いて近づいて来る。
「私、ジャンルカ・ジアマッティと申します」
ほう、先に名乗ってきたか。
いきなり『黙ってついて来い』と言わないのは、さすがに教育が行き届いているな。
「イワン・イワノビッチです。どうぞよろしく」
名乗りを返す。
「私共の上司が、先程の封筒に関心があります。ご説明頂けるとありがたいのですが、いかがでしょうか?」
こちらに異論はない。
無言で首肯する。
「では、こちらへ」
帆布製の鞄を手に、別室へ向かう。
扉の前で、別の男から執拗な
「鞄は、貴方が預かってくれると助かるのだが」
と、ジアマッティに鞄を渡す。
さあ、業務開始だ。
「イワン・イワノビッチと申します」
「アルジェント、ジョヴァンニ・アルジェントだ。掛けたまえ」
空いている椅子を指し示した。
定年間近の外務省守衛室職員みたいな、至って普通の風貌をしているアルジェントだが、ヴァレーゼ屈指の裏社会の
自ら『物理的な力』を振るう必要はないからだろう、粗暴な感じは全くない。
逆に洗練された印象を与えている。
「イワノビッチ、この封筒に入っていた『書類』は、非常に興味深いものだ」
手にした封筒を振って見せた。
「私共で取り扱っている商品です。関心があるようでしたら、少々お時間を頂いてご説明差し上げたいのですが…」
「是非、お願いしたい」
「こちらの真新しいカルシュタインの5000ドーリア(60000円)紙幣は私共の商品です。使い古した5000ドーリア紙幣と同じ番号なので、皆さんもご理解頂けたと思います。念のため、同じ番号の表面だけ印刷した商品も、同封させていただきました」
簡単な説明をする。
「クレメンツァ、この札を銀行と両替商へ持って行け」
ジアマッティが部下に命じた。
「そう、新規の取引先が今一つ信用出来ない。この金が偽札かもしれないから、確認して欲しい…で、どうでしょうか?」
理由としては、こんなところだろう。
「それだ。分かったか?」
「はい、取引先が偽札を使ってるかもしれないので、確かめてくれ、ですね」
部下が復唱する。
「よし、行け」
クレメンツァと呼ばれた男が、勢いよく部屋を出て行った。
「イワノビッチ、何がやりたい?」
「共同事業主を探しているんですよ、アルジェントさん。私の会社は、ヴァレーゼまで商品の印刷物を運ぶことは出来る。だが、商品をカルシュタインへ運ぶ伝手がない」
「ほう、ヴァレーゼまでは運んできた、と」
「まぁ、ね。そちらの想像にお任せしますが、!ヴァレーゼ《ここ》から先、カルシュタインへどうやって持ち込むかが問題でして」
「…それで何故、私の会社なのかね?理由を聞こうか」
「アルジェントさん。今はカルシュタイン領になっているが、あなたはモリーゼの出身だ。確か、10歳まで住んでいた筈。今も、親類や知古は多いのでは?」
「9歳だ。知古にはついては、否定は出来ないな」
「国境を跨ぐ取り引きです。国境の向こう側に信頼できる人間がいるのは、魅力的だ。そのような会社を、共同事業主として選びたい。それだけですよ」
「イワノビッチ、君の会社と取り引きすると、私の会社にどのような利益があるのだろうか?」
「それについては、私の会社の商品を銀行と両替商で鑑定してもらってからお話ししましょうか」
「そうだな。ところで、昼食は済んでいるのかね?」
「ええ。焼いた
「
「それは、商談が成約してからの楽しみにしておきます」
葡萄酒の一杯で酔う訳ではないが、今は仕事優先だ。
「そうだな、その方がいい」
さて、そろそろ煙草を一服するか。
「うわったったっ」
「ああ、これは失礼しました。自分で拾うので、少し避けて頂けると助かります」
そう言って、食卓の下へ潜り込んで回収した。
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