第79話  儀典②

おいおい、1頭曳き立馭式馬車カブリオレかよ。


ノイスブルク北駅貴賓専用口へ到着した馬車を見たパヴェウ・ジュワフスキは、落胆の色を隠すのに苦労した。


侯爵叙任式への迎えがこれとは、非礼にも程があるだろう。


「ジュワフスキ氏、御乗車下さい」


馭者の声で、自力で馬車の扉を開けて、乗車する。


マルメディア宮内省式典課の職員が数名いるが、介助は一切無しだ。


侯爵夫人いや、元侯爵夫人である妻のヨアンナが、心配そうな表情で見送ってくれた。


レヴィニアから割譲された領土に住む貴族の扱いは、この程度で十分というのが、マルメディアの判断か?


まぁ、こんなものか。


レヴィニアは事実上の敗戦国だ、甘んじて受ける他あるまい。


先導の馬がいる訳でもなく、一般道を通って馬車は王宮へ向かう。


「…降爵も無く、領地剥奪も無かっただけでも良し、としなければならないか」


自嘲の言葉がつい出てしまった。


背後にいる馭者に聞こえてなければいいのだが。


馬車が、王宮の車寄せに着いた。


「パヴェウ・ジュワフスキ氏、到着」


の声がした。


ジュワフスキ氏、か。


今は無位無冠だから、そのように呼ばれるのは当然だな。


ここでは職員が乗降台を置き、馬車の扉を開けてくれた。


やれやれ、大変な一日になりそうだな。





謁見の間へ通され、ハインリッヒ3世の前へ出る。


「これより叙任式を執り行なう」


あれは侍従長?のフォン・エーベルシュタイン伯爵だったか?


「汝の名は?」


「パヴェウ・ジュワフスキにございます、陛下」


「ジュワフスキ、跪け」


侍従が捧げ持った剣が、鞘から抜き取られる。


「ははっ」


「パヴェウ・ジュワフスキ、汝を侯爵に任し、ブジョヨヴィツェを封ずる」


左右の肩へ、剣が振り下ろされた。


「有り難きお言葉、終生の忠節をここに誓約いたします」


「うむ、貴公の今後の精勤に期待しておる」

脇の侍従へ剣を返した。


「立てよ、侯爵」


侍従長から声がかかる。


「ああ、そうだ。侯爵の名はジュワフスキとレヴィニア風だ」


…改名しろ、ということか?


「だが、侯爵の代々の家名ジュワフスキを改めるのもどうかと思う…パウエル・フォン・ズラウシュタインでは、どこの者だ?となりかねんな。パヴェウ・ツー・ジュワフスキではどうか?」


まさか、ツーの称号を下賜してくれるとは!


「称号を下賜いただき、この上ない誉にこざいます」


「 侯爵の領地だが、ブジョヨヴィツェは、たしか…」


「はっ、古くはブトヴァイスと呼ばれておりました」


「ふむ、マーレンジア王国時代の呼び名だな。では、領地はブトヴァイスと改名するがよい。ああ、もう一度、剣を」


ハインリッヒ3世が、再度剣を要求した。


「汝、ジュワフスキ、跪け!」


「これに」


「貴公に、ツーの名乗りを与え、ツー・ジュワフスキとする」


「ははっ」


「ブトヴァイスを封じ、侯爵を任ずる」


左右の肩へ、剣が振り下ろされた。


「陛下の御配慮に、深謝いたします」


「立てよ、ツー・ジュワフスキ侯爵」


侍従長の声に、無言で立ち上がった。


「侯爵、貴公の領地では、良質な小麦と唐花草ホップから上質の麦酒ビールを産しておる、と聞いているが」


「御意にございます。本日の侯爵叙任の御礼として、ブトヴァイス産の麦酒の目録を宮内省へ呈出しております」


「陛下、こちらに」


と、侍従長が目録を手渡した。


「うむ、侯爵の早速の忠節に感謝する」


と声をかけられた。


「一度はブトヴァイスを訪れて、侯爵と作り立ての麦酒を酌み交わしたいものだ」


「是非に!」


「これにて叙任式を終決する。ツー・ジュワフスキ侯爵閣下、御退出」


侍従長が叙任式の終了を告げた。





式典を終えて、王宮の車寄せへと向かう。


また随分と豪華な馬車が停まっているな。


深い茶色で、マルメディアの双頭鷲の意匠が金色で施されている。


あれは誰の馬車だ?


思わず足が止まる。


「侯爵閣下、そのままお進み下さい」


…あれは帰りの馬車なのか?


宮内省職員に言われるままに、馬車へ近づく。


陸軍の儀仗兵4名が、馬車の脇に整列しているではないか!


中世の馭者姿をした職員が馬車の扉を開けて、馬車に備え付けの階段を引き出して、設置する。


一礼した職員が脇へ避ける。


しかし、何だ、この馬車は!


先導馬4頭もいる、8頭立て4頭曳き騎馭式の大型馬車コーチだ。


こんな凄い馬車には乗ったことがない。


促されるままに馬車へ乗ると、職員が階段を折り畳んで格納し、馬車の扉を閉めた。


「ツー・ジュワフスキ侯爵閣下、御出立!」


「侯爵閣下へ捧げーっ、つつ!」


と声がかかり、陸軍の4名の儀仗兵が小銃を身体の正面で構え、左手で銃の中央を持って引き上げ、右手を銃床に添えた。


車寄せにいた職員全員が見送りの礼をし、馬車は車寄せを離れた。


ああ、そういうことか。


ノイスブルク北駅からの行きは、単なるマルメディアの一国民の迎車で、帰りは侯爵への送車ということか。


北駅へ向かう王宮からの専用道路を走る馬車の中で、ツー・ジュワフスキは感じていた。


これは、仕え甲斐のある王いや、国王陛下か。


身命を賭して仕えねばなるまい。







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