第72話 面会人②
「本部長殿。四例について、あなたも理解された筈だ。支払いの際に受け取ってもらえない紙幣は、誰がその価値を保証しても、単なる紙屑にすぎない」
本部長が呻き声を出す横で
「この男の言う通りです」
と、ヘフナーが言った。
「では、話を続けよう。カルシュタインがマルメディアの経済混乱を狙って、ゴルト紙幣を大量に印刷する予定だ。どの位の金額が必要だろうか?10万ゴルト(1000億円)か?それとも100万ゴルト(1兆円)?」
「100万程度では、効果は薄いでしょう。数百万ゴルト単位で、効果が出るか出ないか…」
ヘフナーが私見を述べた。
「500万ゴルト(5兆円)ほど印刷する予定だ。さて、この印刷工場に必要な労働者の数は?」
「…操業期間にもよりますが、およそ300から500人程度が必要なのでは?」
印刷局勤務のヘフナーが言うのだから、数字は正確だろう。
「ああ。そうか。紙幣用の特殊な紙を製紙しなければ。この製紙工場には、600人以上は勤務しているだろう。この二つの工場合わせて1000人の労働者が、全員口が堅く、自分がマルメディアの紙幣をカルシュタインで印刷していれことを絶対に漏らさない」
面会人の二人は、黙ってしまった。
「何とか500万ゴルトの紙幣の印刷が完了した。マルメディアへ搬送するためには、10000ストーン(7t)積みの貨車で、何両必要だろうか?」
「…30両は必要でしょう。剥き出しで積む訳にはいかない、木箱に梱包すると、さらに貨車が必要になります」
「ヘフナーさんの30両を、仮の数字としよう。この30両編成の貨車全てに『
「…不可能だ」
本部長が言った。
「そう、不可能だ。ならば、対策も何も無い。ご理解いただけたと思う。ま、お二人の場合、行為の主体はカルシュタインではなく、マルメディアなのだろうがね」
政府主体での大量偽札作成の無意味さを、ファン・デ・ポール大佐は説明し終えた。
「中規模の紙幣還流なら、市中の貨幣流通量を増やし、かえって貨幣の決済機能を強化して相手側の経済発展に寄与するだろう。小規模なら、全く影響もなく意味を為さない、以上だ。何か質問は?」
「大佐、説明に感謝する」
本部長が謝意を表した。
「感謝ついでに、モリソンの『大陸史』を貸していただけるとありがたいのだがね」
「ああ、注釈だらけで読み難い、あの本ですか。私は学生時代に、途中で断念しましたよ」
ヘフナーがそう言うと
「何、時間はあるのでね。釈放か、死ぬまでの暇潰しだよ」
笑いながら、ファン・デ・ポールは返した。
「あの男、偽造紙幣の大量作成の前提でしか話をしていなかったな」
シュレック本部長が言った。
「小規模の偽造紙幣でも、相手側へ大損害を与えられる場合があることを、敢えて避けて話していましたね」
『マルメディア警察庁経済犯対策部部長』ヘフナーが、そう返した。
「やり方一つ、です。そうですね、例えば…」
内容を聞いて、本部長は戦慄した。
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