第71話  面会人①

マルメディア フリースラント県 マーヒトレンク



マーヒトレンク拘置所特別房に収監されているエーリッヒ・ファン・デ・ポールへ面会人が訪れた。


「面会人だって?」


ファン・デ・ポールは、眉を潜めた。


俺に用がある奴は、軍か外務省の情報部、治安警察だけだ。


俺と同じで、右手で握手を求めながら、左手の短刀を相手の肝臓に突き刺そうとする、そんな人種だ。


読んでいた本を置いて、特別房を出る。


房を出る際は、いつもと同じように、手錠、足枷、腰紐付きにされた。


足枷のせいで歩幅が取れないので、ゆっくりと面会室へ向かう。


刑務所ではなく拘置所で収監だから、待遇はマシな方だ。


食事も未決囚用ではなく看守用で、珈琲や紅茶も飲める。


酒や煙草は禁止だが、新聞も毎日読める。


読書も可能な限り、希望に応えて本を用意してくれる。


だが、こちらから外部へ連絡することが出来ない。


俺は、法的には死んでいるらしい。




「やあ、大佐。お元気そうで何よりです」


面会室へ入ってきたファン・デ・ポールを見て、治安警察本部長シュレックが如才なく挨拶する。


「あなたか…私には会う用件などないのだが」


大佐が忌々し気に言った。


「本日は、大佐の専門家スペシャリストとしての意見を伺いたく、面会へ参った次第でしてね。ああ、隣にいるのは、大蔵省印刷局のヘフナー」


「ディーター・ヘフナーです、どうぞよろしく」


ヘフナーが一礼した。


「ほほう、無料で専門家の意見を聴きたいと」


大蔵省印刷局の名前に、怪訝そうな表情を浮かべる。


「これはお戯れを。あなたの生命がタダだとは、思ってもみませんでしたよ」


「……」


「これから配膳される筈の、夕食程度の価値はあると思ってましたがね」


本部長は、微笑みを浮かべて辛辣な言葉を返した。


本来なら、お前は死刑なのだぞ、と目が語っている。


「…用件を伺おうか」


「ええ。敵性国家が、我が国の経済を混乱させる目的で偽造紙幣を製造した場合の対応について、助言など頂けたら。と」


「偽造紙幣?ああ、それなら対応の必要はない」


即答されて


「…必要ない、とは座して経済の混乱を待て、と?」


意味がわからない、と首を捻る本部長。


「本部長殿、よろしいか?マルメディア東部、レヴィニア国境沿いのボルターシュタットで買い物をして、レヴィニアの紙幣チェスクでの支払いは可能だろうか?」


「おそらく大丈夫でしょう」


「マルメディア中央銀行が発行していない紙幣なのだぞ。チェスクでの商取引は、問題あるのではないのか?」


「いや、ボルターシュタットは国境の街で、レヴィニアの経済圏みたいなものですから、問題はないでしょうな」


「では、ヘフナーさん。国境の反対側のゴジュフのパン屋で、キュタヒヤの通貨スクーダでの支払いはできるかな?」


「さすがにそれは無理ですな」


常識で考えて物を言え、と口調が言っている。


「何故だろう?キュタヒヤの連邦準備銀行が発行した、真っ当な兌換紙幣だ」


「…兌換紙幣とは言え、取り扱い可能な銀行がない。キュタヒヤは遠方にあり、経済圏てもない」


受け取っても、使い途がないと返す。


「では、あなたは今、ノイスブルクの薬局で働いている。客が支払った10ゴルト紙幣の中に、紙質が他の紙幣とは明らかに異なり、印面も鮮明ではない紙幣があった。これを受け取るかな?」


「おそらく偽札でしょう、私なら、受け取らない」


「では、本部長殿。あなたの財布の中の100ゴルト紙幣一枚は、極めて精巧な作りでカルシュタインの特殊な部署で印刷された物だ。この紙幣で、マルメディアの支払いは可能だろうか?」


「…それと知らずに財布の中に入っているのだから、使える筈だ」


お前は何を言っているんだ?という表情をしている。


「四つの例を挙げさせてもらった」


ファン・デ・ポールが、右手の親指以外の指を立てた。


「レヴィニア中央銀行発行とある紙幣で、マルメディア領内で支払い可能な例」


人差し指を折る。


「キュタヒヤ連邦準備銀行発行とある紙幣で、レヴィニア領内で支払いが出来ない例」


今度は中指。


「マルメディア領内で、マルメディア中央銀行発行とある紙幣で支払いが出来ない例」


さらに薬指を折る。


「カルシュタインで印刷され、マルメディアで支払い可能な紙幣がある例」


最後に小指を折った。


何を言いたいのだ、この男は?


「つまり、紙幣においては発行者は重要ではなく、単に支払い可能かどうかが重要である、ということだ」


「馬鹿な!」


シュレック本部長が叫んだが、ヘフナーは黙っている。



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