第68話  外交戦⑩

マルメディア 首都ノイスブルク 王宮



フランチェスコ7世の退室を待っていたのか、侍従長のフォン・エーベルシュタインと宰相レーマンが入れ替わりに国王執務室へ入室して来た。


「陛下、レヴィニア使節の二名が、緊急で謁見したいと」


フォン・エーベルシュタインが説明した。


先刻のメンゲルン・インターナショナルでの会談で、マルメディア・レヴィニア間の協定締結は決裂したと、宰相レーマンと外相ツー・シェーンハウゼンから報告を受けた。


その後、法相へオストマルク騒乱に加担し捕虜となったレヴィニア兵への『処刑』を命じ、陸軍大臣には予備役召集、動員を要請した。


「今さら、話すことなど無いのだが…」


「宰相官邸に押しかけて来ましたので、対応いたしました。耳を傾けるに足る内容ではないかと、愚考いたします」


レーマンがそうまで言うのだから、時間を割く価値はありそうだ。


「…宰相がそうまで言うのであれば、話を聞こうか」


「入室したまえ」


侍従長に促されて、レヴィニア外相ブックスバウムと国王評議会外交顧問クビッツァが入室してきた。


「挨拶は抜きだ。用件を聞こう」


口上を述べようとしたブックスバウムの機先を制して、切り込んだ。


「先程の宰相閣下、外相閣下との会談で、我々レヴィニア側から誤解を招くような発言をしてしまいました。改めましてレヴィニアからの協定案を、是非、御照覧下さりますようお願いいたします」


ブックスバウムが侍従長へ協定案を手渡した。


侍従長は一瞥もせずに、それを執務机へ置く。


——あまり変わり映えしないが…ん?——


文面を読んでいた陛下が反応した。


ヴァルタ川西岸4県即時割譲。


4県に居住する貴族の奪爵。


賠償金支払い60万ゴルト(6000億円)、10年分割支払い。


ヴァルタ川東岸20リーグ(80km)の非武装地帯化。


非武装地帯は、マルメディア軍の査察を無条件に受け入れる。


第二王女クリスティーネと王弟フリードリヒ公の婚姻。


嫁娶の際の持参金5万ゴルト(500億円)。


レヴィニア陸軍が騒乱へ加担した件で、ヤン2世が謝罪。


オストマルクに慰霊碑建立、毎年の慰霊祭実施。


これについての費用はレヴィニアが支払う。


マルメディア・レヴィニア間の10年間の不可侵条約締結。


条約は自動更新。破棄する場合は1年以上前に通告。


ヤン2世については、生前譲位しない。


これを以って、マルメディアへ抑留中のレヴィニア兵解放、収容した遺体の返還。


捕虜解放、遺体返還の諸費用はレヴィニアが支払う。


小麦、石炭、石油の禁輸エンヴァーゴ解除。


「…宰相、君はこの案が妥当と判断したから、この二名を連れてきたのだと思うのだが」


レーマンへ確認する。


「私は、そのように判断しました」


宰相が、レヴィニア側二名には見えないようにして、身体の陰になっている右手人差し指を軽く回して合図してきた。


「しかし、宰相。抑留中のレヴィニア兵は、我が国の無辜の民草を殺傷している。解放しては、国民感情が納得すまい。世論もそうだ」


「この案で協定を締結しても、レヴィニアと戦争になっても、ヴァルタ川西岸はマルメディアの領土となるでしょう」


宰相が、レヴィニア側二名に聞かせるように言った。


「…そうだな。捕虜は、ブラウラント(ブレスラウ)出身者が多数いたな」


今気付いた、とばかりに言う。


「仰せの通りです。我が国の臣民となる者共です」


「…うむ。宰相の判断を尊重し、この案で協定を締結しよう」


レヴィニアからの協定案を、宰相へ手渡す。


「では、外務省条約局に手配いたします」


今の『寸劇』に満足したのか、宰相が微笑みながら受け取った。


「お待ち下さい!」


外交顧問クビッツァが叫ぶように言った。


「我が国兵士の死刑執行は?捕虜の死刑執行を即座に中止して下さい!」


「ああ、その件はだな、法務大臣から報告があった。各刑務所、拘置所で絞首刑に使用する縄が不足しているので、死刑執行は明日以降となっている。この提案が間に合って、本当に良かったよ」


そう説明すると、クビッツァは力が抜けのか、その場でへたり込み、ブックスバウムは、安堵の溜め息を漏らした。


























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