第67話  外交戦⑨

「娘婿殿、久しぶりじゃの」


ヴァレーゼ国王、フランチェスコ7世が、いきなりシエタヴェッキア訛りでブチかましてきた。


——このシエタヴェッキア訛りで敢えて話しかけて、相手の心に一瞬『虚』を作らせて、会話の主導権を握るのが義父上のやり方だ——


『礼儀知らずの田舎者』の仮面つけた、切れ者か。


禿頭に眼鏡は、ウチの侍従長フォン・エーベルシュタインと一緒だな。


しかし、こちらには髭がある。


「義父上、葬儀への御臨席、拝謝いたします」


無難にそう返した。


すると、歩行困難を装って車椅子に座ってるこちらに合わせて膝を折って、顔を覗き込んでくる。


「うんうん、顔色もまずまずじゃ。げに回復してよかったのぅ、よかったのぅ」


そう言ってから肩を抱いて、車椅子の背もたれ越しに背中を叩いてくる。


「見舞いに行けんくて、ワシぁ申し訳なく思うちょるんよ。赦してつかぁさい」


「いいえ、赦しが必要なことなど、何もありません」


娘婿が重症なら見舞いに来いや、程度は言ってもよかったのかもしれない。


「ただ、ソフィアが顔を出さないのは…」


結婚式以来、在マルメディア ヴァレーゼ大使館に引き篭もっている王妃ソフィアのことを持ち出す。


「ああ、ソフィアにはワシも泣かされちょるんよ」


苦々し気に言う。


「ありゃあヴァレーゼじゃ、マトリモーニオブルーマリッジブルーちうてな、まぁ、心の病いじゃ。勘弁してつかぁさい」


「もう2年にもなります」


特段、詰るわけでもなく、事実を伝える。


「アレじゃの、マルメディアみたいな大国の国母になるちうんは、重圧なんじゃろうな。ソフィアの心もササラモサラになってしもうたようじゃ」


さりげなく、こちらを持ち上げる語彙を入れて弁明する。


なかなかのタフネゴシエーターだ。


「このままでは、両国の友好関係にも影響するのでは?」


何とかしろ、と迫る。


「ほうじゃのう。ワシもの、マルメディアとの友好関係は維持せにゃならんと思うちょる。何とかせにゃあのぅ」


一般論を他人事のように語る、フランチェスコ7世。


「名前は出せませんが、聖教会のある枢機卿から『この婚姻は無効』とのお言葉を頂きました。義父上は、どのようにお考えですか?」


その言葉で、フランチェスコ7世の顔色が赤く変わった。


「離婚するのでなく、婚姻無効です。義父上」


「…うむ、ほうじゃの。娘婿殿の意見は、どがいなもんじゃろう?」


「このままですと、次世代の王位継承者の問題にもなります。ソフィアを引き取ってもらう他に、打つ手なしかと」


不良品を製造者責任で引き取って貰う。


例えは悪いが、そういうことだ。


「……」


さすがに言葉が出てこなくなった。


さらに続ける。


「ああ、貴国のデ・ロウレンティス伯爵ですか、親善の為にしばしばマルメディアを訪問されている様子」


フランチェスコ7世の顔色が、今度は蒼ざめた。


「公務なのか、大使館に起居されているようですな」


どういう意味です?


——不倫だ——


はぁ?


国王妃と不倫?


首を斬られたいんですか、その伯爵?


——まぁ色々あるのだよ、これには——


「…事実関係を調査、後日マルメディアへ報k「私は大変、失望しています。義父上」…」


王族は『怒っている』の言葉を使わない。


『失望している』と表現するらしい。


この世界で得た知識だ。


「大変、大変、失望しています」


激怒しているということになる。


「まぁ、2年ほど待てましたから、あと半年は待てるでしょう」


半年以内に、不倫中の王妃の婚姻関係破綻問題を何とかしろ、と投げかけた。


「…半年じゃな、何とかそう」


フランチェスコ7世は、かろうじてそう返した。




あの腐りアマ、まだ伯爵と乳繰り合っていたんかい!


フランチェスコ7世は激怒していた。


デ・ロウレンティスは、子爵へ降爵いんや奪爵。


ソフィアも臣籍降下へいみんじゃ。


報告しなかった大使館関係者にも、思い知らせてやるけぇの。


















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