第66話 外交戦⑧
一流の臣は、一流の王に仕える。二流の臣は、三流の王に仕える、だったか?
俺は二流の臣だったというわけだ。
いや、四流の王だから、俺は三流の臣か、
レヴィニア外相ブックスバウムは自嘲した。
まさか、マルメディアとの協定締結寸前、国王が『退位する』などという馬鹿げた発言をするとは思いも寄らなかった。
マルメディアの宰相と外相は席を蹴って、部屋から立ち去った。
立ち去る前に宰相が
「この後、レヴィニア兵を名乗る
と言い残した。
もはや打つ手が無い。
「…大使館へ行って、事の次第を至急電で本国へ報告してくる」
評議会外交顧問クビッツァへ伝える。
「ああ…」
生返事が聞こえた。
意思の力を振り絞って何とか椅子から立ち上がり、部屋から出ようとした時に、侍従が現れて
「陛下がお呼びです」
と声をかけてきた。
「どうだ、話は纏ったのか?」
陛下は鷹揚に尋ねてくる。
それが余計に腹立たしい。
「纏まらない、と先程も説明した筈ですが」
不敬だが、投げやりな言葉で応じた。
「纏まらない?何故だ?」
「それも先程、何度も説明いたしました。今から我が軍捕虜に対する刑の執行を開始する、とレーマン宰相が申しておりました」
俺の説明能力の不足か?
いや、クビッツァと二人で何度も説明したのに目の前の男は理解出来なかったのだ。
「協定締結後に余が退位するだけだ。協定とは関係ない」
「…それについても、何度も説明した筈です。誰がどう見ても、マルメディアとの協定に陛下の退位が含まれている、と考えるでしょう。それがレヴィニア国内にどのような影響を及ぼすか、先程も説明いたしました。御理解された上で、あえて退位されるのでしょうから、私からは何も申し上げることはありません」
説明することに疲れた、と言わんばかりの口調のクビッツァだった。
「…では、今後どうなるのだ?」
侍従の一人が大きな溜め息をついた。
彼も、何度も同じ話を聞いているのだ。
「マルメディアと戦争です。石炭不足の我が国は鉄道網が瀕死で、軍の移動も物資の輸送もできません」
「ヴァレーゼも、この情報は掴んでいるでしょう。マルメディアと歩調を合わせて侵攻してくるのは確実です。二正面作戦に耐える力は、今のレヴィニアにはありません。マルメディアとヴァレーゼのどちらが先にシロンスカの王宮に国旗を掲げるか、の競争になります」
クビッツァの説明を補足した。
万策尽きた。
どうにもならない。
いや、何か手がある筈だ。
考えろ、考えるんだ…
「陛下の『退位する』の一言で、レヴィニアはマルメディアとヴァレーゼの手で分割され、亡国となるのです」
「……」
クビッツァの発言で、陛下が固まった。
ようやく事態を理解したようだ。
だが、手遅れだ。
「王たる者が一度口から発した言葉は、取り消すことができません。帰国して戦争に備えるほか、ありません」
クビッツァが怒りを抑えるように、至って平静を装って語った。
「…閣下、よろしいでしょうか?」
一人の侍従が発言を求めた。
「ああ、何でもいい。献策があるなら話したまえ」
発言を許可する。
「その、何と申しますか、私共侍従二名、閣下お二人も人間ですから、間違いはあると愚考いたします」
?
この侍従、何を言いたいのだ?
「ですので、陛下のお言葉を聞き間違うことはあるのと思うです」
「我々は、陛下のお言葉を聞き間違って『退位する』と解釈していたのか!そういうことか!」
曲解だが、これで押し通すしかない。
「ああ、そうだな。陛下が、この情勢下で退位される筈はない」
クビッツァも同意する。
「あ、ああ、そうだ。余は、そのような発言はしておらんぞ」
慌てて陛下が言い出した。
「再度、会談の手配をいたします。が、先程と同じ条件では纏まらないでしょう。賠償金の上乗せか、割譲する領土の追加が必要です」
クビッツァが念を押す。
「これで協定を纏めます。よろしいですね?」
「う、うむ。任せる」
「陛下から任せる、とのお言葉を頂いた。交渉再開だ」
微かな灯が見えた。
だが、間に合うのか?
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