第65話  外交戦⑦

マルメディア 首都ノイスブルク メンゲルン・インターナショナル・ホテル



メンゲルン・インターナショナルの一室で、ホテル謹製の焼き菓子と紅茶で時間を潰しながら、会談の結果を待っていた。


紅茶の味は普通だが、ビスケットはかなり美味しい。


そう、クッキーではなくビスケット、だ。


某球技のカップ戦のスポンサーもビスケットカンパニーだ。


有名な童謡『ポケットの中にはビスケットがひとつ』ってのもある。


こいつをクッキー、サブレーと呼ぶ奴は、非国民だ。


…はぁ?二度焼きビスコタスしてないだと?


あんたの家の外では、ピュロスの戦象隊がローマ軍を蹴散らしているのか?


しかし、口に放り込んで噛んだ時の軽い食感と一気に広がる香りは、バターを贅沢に使っている証拠だ。


だが、カロリーを気にする必要はない。


このビスケットはリング状で真ん中が空いている。


カロリーは食べ物の真ん中に集中するから、中が空いている食べ物はゼロカロリーだと高名なお方も仰っておられる。


そのビスケットを、喉に詰まらせそうになった。


はあ?


馬鹿なの?


——話にならん——


会談から戻ってきた宰相と外相の報告を受け、唖然とする他なかった。


レヴィニア国王ヤン2世が退位すると言ってきたらしい。


ヤン2世退位など、誰も求めてはいない。


脅しブラフか?


正直、それ以外には考えられない。


「提示された条件は飲むが協定締結後に退位する、では、結局、こちらの条件を飲む気が無いということです。戦争を仄めかせば、好条件を引き出せると考えているのでしょう」


宰相レーマンが吐き捨てるように言った。


「舐められたものだ」


「対レヴィニア戦争には勝てます。だが、戦後の治安維持等での部隊駐留は無理で、最終的にはレヴィニアから撤退するだろうと踏んで、難題を持ち出してきたとしか思えません」


外相ツー・シェーンハウゼが私見を述べた。


——西部国境のカルシュタインを考えると、長期戦は無理だ。短期戦の一撃で、どこまでレヴィニアを叩けるか・・・——


ほら、あのヴァレーゼの北東地方でしたっけ?


戦争でレヴィニアに負けて取られた。


アレの奪還を持ちかけて、ヴァレーゼと同時侵攻すれば、短期決戦で決着するのでは?


——東北地方の事だな。二正面作戦でも、レヴィニアにとっては郷土防衛戦だ。死に物狂いで戦ってくるだろうから、短期決戦では終わらないだろう——


「…不本意だが、開戦の準備を進めよう。レヴィニア兵捕虜の死刑執行もだ。宰相、法相に連絡して、死刑執行命令書類に署名するよう取り計らってくれ。あと、軍の法務関係者へ連絡だ」


「内容は?」


「絞首刑と銃殺刑、死体の処理はどちらが楽か?だ」


畜生、俺はナチスの特別行動部隊アインザッツグルッペン指揮官じゃない。


椅子に、今は車椅子か、に座ったまま『処刑開始やれ』の一言で大勢の生命を奪う命令を下すとか、最悪だ。


どうしてこうなった?


普通に歩けるのに、暗殺未遂後の予後不良を擬装して車椅子を使用したバチが当たったのか?


——彼らは、オストマルクの民間人を殺傷している。軍服も着用せず、民間人を装っていた犯罪者集団だ。気に病むことはない。逆に、犠牲になった我が国の無辜の民のことを考えてもらいたい——


…そうでした。


レヴィニア側がマルメディアを舐めて1月の協定を不履行し、あまつさえ協定の条件変更を求めて使節を数回送って来るなど、信義に悖る態度を撮り続けた挙句に、ヤン2世退位を会談で持ち出してくるとか、一度痛い目に合わないと自国の置かれている立ち位置が理解できないのだろう。





マルメディア 首都ノイスブルク 法務省



やれやれ、死刑執行書類は合わせて1519枚。

これ全部に署名とは!


法務大臣アインホルンが書類の山を見て、溜め息をついた。


「これも仕事だ。やるしかないな」


自身に言い聞かせるように呟いて、署名を開始する。


まずはゾンネベルク軍刑務所に収監されている捕虜80人分からだ。


銃の引き金を引くという簡単な動作で、我が国の民草を殺害したのだ。


ペンで署名するという簡単な行為が基で死刑が執行されても、文句は言えまい。


法相は黙々と作業を続けた。





マルメディア 首都ノイスブルク メンゲルン・インターナショナル・ホテル



——絞首刑か——


…のようですね。


軍法務部からは、『死体の処理は、大量の流血を伴わない絞首刑の方が楽ではないか』と連絡が来た。


執行場所になる、軍刑務所、刑務所、拘置所へ連絡する。


死刑執行の施設がない警察留置所に収監中の捕虜は、軍刑務所へ移送してからの死刑執行となる予定だ。



















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