第61話  外交戦③

マルメディア 首都ノイスブルク フェルト宮



葬儀の後、フェルト宮殿付きマルメディア宮内省職員の先導で、カルシュタイン公レオポルト6世は会談の部屋へ入った。


途端に、写真機カメラ撮影シャッター音が室内に木霊する。


会談の間には、多数の報道陣がいる。


何だ、これは!


聞いてないぞ、と今さら会談を蹴る訳にはいかない。


報道陣が見ているのだ。


義従叔父上いとこおじうえ、座ったままの不調法をお許しください」


車椅子に座ったままのハインリッヒが非礼を詫びながら、握手を求めてきた。


手を握り返したが、握力が弱いのか力がこもっていない。


車椅子だし、事件後の体調は万全ではないようだな。


着席を勧められたので、浅く椅子へ腰かける。


「この度は先王妃ユリアーナ並びに王弟アドルフの葬儀に御足労頂き、感謝いたします」


「ユリアーナ公、アドルフ公の不慮の遭難へ、哀悼の意を表します」


無難にそう返した。


「葬儀参列という形でのご訪問となりましたが、今回の会談でカルシュタイン、マルメディア両国の親善が深まることを祈念しております」


穏やかな表情でハインリッヒは語りかける。


「それは私も同様」


「それでは、先年来、我が国外務省、在カルシュタイン マルメディア大使館より提示させて頂いておりますカルシュタインとマルメディア間の不戦条約の締結については、どのようにお考えでしょうか?」


まずい!


会談に報道陣が在室している中、この質問が来るのは想定外だ。


「…ああ、その案件については、私は関知していない。内閣が検討中で、上奏に及んでいないのだろうな」


慎重に言葉を選んで返した。


「公ご自身のお考えは?」


「外交は行政の一翼であり、内閣へ一任している。元首たる私は、内閣の決定事項を承認するのみである」


いかん、主導権を相手に握らているではないか!


「そのような一般論をお伺いしているのではなく、公ご自身が両国の不戦条約に賛成なのか、反対なのかをお尋ねしているのです」


語気を強める訳でもなく、淡々とハインリッヒは言ってくる。


一際、撮影音が大きくなる。


「…その件は、私も初めて耳にする案件だ。判断材料に乏しいこの場では、即答は難しい」


完全にしてやられたか。


「帰国後に検討させて頂きたいのだが…」


「公からのご返事は、いつ頃頂けるのでしょうか?」


くそ、言質を取るつもりか。


「さよう…1ヶ月いや、2週間以内にはお伝えしよう」


「2週間以内に、ですね?不戦条約に賛成か、そうでないか、公の意見を表明して頂けると」


「そのように取り計らう」


撮影音が激しさを増した。





マルメディア国王とカルシュタイン公が退出してから、報道陣の背後に紛れるように潜んでいた外務大臣ツー・シェーンハウゼンに質問が集中した。


「我が国からの不戦条約の提案をカルシュタインが蹴った、と解釈して間違いない。そのように報道してくれて構わない」


その言葉を聞いた報道陣が、脱兎のように会談の間を飛び出して行った。


カルシュタイン公は、罠にかかった狐のように慌てふためいていたな、と外務大臣は思った。


「だが、一方的にやられたままでは済ませるつもりはないだろうな。何を仕掛けてくるか・・・」


人気のなくなった会談の間で、外務大臣はそう呟いた。













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