第60話  幕間 迎賓館

マルメディア 首都ノイスブルク 迎賓館



「一見、粗餐だが、時間と手間を惜しまずにかけた極上の料理」


陛下からのご注文は難題だったが、大膳課の自信作が完成し、マルティニキア国王ヘンドリック5世とアンシェリーク摂政殿下次期国王へ配膳の運びとなった。


食事を提供する迎賓館のこの部屋は、華美な装飾を削ぎ落としてある。


装飾品と言えば、草花を活けた大ぶりな花瓶があるだけの部屋を、ヘンドリック5世親娘はどのように感じるだろうか…


俺からすると、これぞって感じなんだが。


侍従か警護の者か分からないが、2名の随員を連れてヘンドリック5世親娘が入室してきた。


親娘は室内の様子を見て一瞬足を止めたが、用意された長テーブルの両端に着く。随員が椅子を引いて着席したが、ヘンドリック5世が


「そこでは遠くて話が出来ん。もっと近くへ」


と摂政アンシェリークを呼んだ。


摂政はヘンドリック5世の右手へ座った。


知ったのだが、相手の左側に位置するということは、相手が剣を抜くのを邪魔できる位置を取る行為で、いわゆる『敵意』を持っていると見なされるらしい。


国王の右後に立っている随員の顔を見ると、小さく頷いた。


こちらも、迎賓館付きの女性職員2名へ目配せする。


2人の前にグラスが置かれ、牛乳が注がれた。


俺は一礼して厨房へ向かう。


あの牛乳は、実は牛乳ではない。


水牛乳だ。


ヘルネ修道院でチーズ製造用に飼っている水牛の生乳を65°Cで低温殺菌を40分行い、蒸発した水分と濃厚な水牛乳の味を調整する為に若干加水してある、


一般には流通していない『牛乳』だ。


俺と入れ替わりに、焼き上がったパンをカゴに入れた職員が部屋へ入った。


あのパンは、大膳課のパン焼き職人ツィンマーマン渾身の品だ。


焼き上げた時に香ばしいゼーブルック産の小麦粉と、甘みが強い北方のライヘンベルク産の小麦粉をブレンドしてパン生地にし、1日かけて酵母を低温発酵させてから焼き上げた物だ。


試食した時に「全粒粉が入ってないか?」と尋ねたら、ただ笑っていて否定はしなかったから、少量の全粒粉も香りに関わってるのかもしれない。


しかし、すれ違った時の香りだけで、ご飯が丼一杯はいけるパンだ。


…何か表現が変だな、まあいいか。


厨房で助手と協力して料理を仕上げていく。


ホースラディッシュで味付けしたマッシュポテトに、この国特産カルヴィナー豚の炙ったベーコンと万能ネギを練り込んだ、ポテトサラダ代わりの一品。


大豆もやしのひげ根を1本1本取り除いた、もやしのサラダ仕立て、ネギ油ドレッシング。


豆乳に苦汁ニガリを・・・打つ予定だったが無かったので、下味も込みでザルツラント産岩塩を溶かした塩水を苦汁代わりにして豆腐を作り、それを水切りし、鶏挽肉と人参、筍のみじん切りを加えて豆腐ハンバーグを作り、仕上げに生姜餡をかけた物。


この小鉢3品を、まず出した。


では名店と呼ばれていたフレンチの厨房で15年働いたが、和食じみた料理を出すのをあの師匠が見たら、ケツバットならぬケツグリルパンを喰らうだろうな。


師匠か。


お前は俺の弟子だから、あの人の孫弟子なんだぞってよく怒られたな。


俺の見舞いに来た師匠が、髭面に涙を浮かべて俺の手を握って


On va en cuisine厨房行って manger une アイスでも creme glacee?食おうぜ?


と言ったので


Oui Chefはい料理長


と返したのが、前の世界での最後の記憶だ。


その後、気付いたら、この世界の赤ん坊になっていた。








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