第58話  外交戦①

カルシュタイン 首都パルドゥベルク 王宮


「イン・バイルシュタインの名前が一人消えたのは幸いだが、対マルメディア工作を一からやり直すのも考えものだな」


カルシュタイン公レオポルト6世は、嬉しさ半分、悔しさ半分といった感じで言葉を吐き出した。


「陛下、ユリアーナ公の葬儀は…?」


侍従長フォン・ベームが尋ねた。


「マルメディアの先王妃であった、従姉妹の葬儀だ。参列しないとな。事件(暗殺未遂)後のハインリッヒの様子も見る必要がある」


事件後に公の場に姿を見せてないのは、身体に何か障碍が残っているからだ、との噂もある。


確認しなければなるまい。


仮に政務不能なら、実務は摂政のフランツが取っている筈だ。


優秀な人物と評判のフランツだ。


マルメディアは厄介な存在になりそうだ。


こいつを先に消すべきだったか?


「手配いたします」


マルメディア国鉄へ往復の鉄道利用の連絡。


マルメディア政府とカルシュタイン大使館へ滞在予定の連絡。


宿泊施設の確保。


各国要人が滞在するので、まず宿泊施設の確保が最優先だ。


侍従長は、そう判断したが


「ああ、マルメディアに金を落とす必要はない。大使館に宿泊するつもりだ」


と、カルシュタイン公は言った。


「御意」





ヴァレーゼ 首都ラグーザ 王宮



「義理の息子の継母、隣国の先王の妃の葬儀か。また微妙な所を突いてきたな」


ヴァレーゼ国王フランチェスコ7世が、悩まし気な泣きを入れた。


「ソフィアが代理では、おえんじゃろうな」


マルメディア国王妃ソフィア公は、国王ハインリッヒ3世との挙式の直後から王宮ではなく、ヴァレーゼ大使館内に起居している。


事実上婚姻関係は破綻しているが、逆にマルメディア側から何も言ってこないのが恐ろしい。


国外から妃を迎え、しかも婚姻破綻の原因が妃にあるのだ。


ごめんなさい、で済む話ではない。


離婚の際には相当な詫びを入れなければ、マルメディアも納得しないだろう。


「役に立たん奴よ。ま、婿殿のご機嫌伺いもせにゃあならんじゃろう」


「参列で宜しいですね?宿泊場所の手配を急がなければなりません」


侍従長デ・チェーザレスが確認してくる。


「ああ、別に貴賓続き部屋ロイヤルスイートでなくても構わんぞ」


宿泊施設には拘らない、とフランチェスコ7世は言ったが、


「そうなりますと、ヴァレーゼが一流宿ホテルの手配もできない、貴賓続き部屋に宿泊する金もない、と見下されてしまうのです。これはいけません」


と侍従長に反論された。


「まして陛下は、ハインリッヒ公の義父。見栄を張るのではなく、格式を守らなければなりません」


「難儀じゃのう」


「ノイスブルクですと、オテル・ド・リヴィエールが一番格式が高い宿です。こちらにしましょう」


「任せる」





マルティニキア 王都サン・ジョヴァイト 王宮



「ユリアーナも色々と親不孝をしたが、まさか親より先に亡くなるとはな」


マルティニキア国王ヘンドリック5世が呟いた。


「アンネリーゼは伏せっているし、私一人が…いや、妹の葬儀だ。摂政次期国王のアンシェリークも参列させないといけないか」


「では参列の一報をマルメディアへ」


外務大臣ルースフェルトが喫煙室スモーキングルームから立ち去った。


「私とアンシェリークが同じ列車で移動するのは危険だな」


「行幸用の列車を2編成用意し、一方はセヴェルスラビア経由、もう一方はカルシュタイン経由にいたします」


侍従長ファン・デル・ディーメンが応えた。


「いや、私が乗車する方は、エーデ・マルメディア線で構わない」


「それは!」


事故が起こった路線だ。


「通過途中で、花束の一つくらいは供えてやらんとな」


「…宸襟のお悩みに理解が至らず、侍従長として申し「ああ、気にしなくてもいい」訳なく」


頭を下げる侍従長に、そう声がかかる。


「侍従長、あとは万事任せる」


「はっ!」













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