第57話  サーチアンドレスキュー

メールス駅で分岐してマルティニキア国境へ向かう、メールス・エーデ線の甲号距離標43(172km)地点の事故現場での捜索救難活動は困難を極めていた。

事故現場の複線路の片側は、雪崩を起こした急斜面。

もう一方は、100リーグ(100m)下にウェッカー川が流れる崖となっている。


列車が転落したウェッカー川へ、夜間に崖を下るのは一流登山家でも困難だ。

地元消防士が日の出を待って、崖を下る準備をする一方、軍を中心とした救助隊はウェッカー川下流から遡上して捜索救難活動を行う。

冬季の川沿いを夜間に遡行するので、1.5バイレグ(6km)進むのに3時間を要して、払暁夜明けに蒸気機関車とお召し列車だった残骸が散乱する現場へ軍と消防から成る救助隊が到着した。


列車の残骸を解体して、中にいる筈の王族3名・・・先王妃にユリアーナ公、王弟アドルフ公、王妹テレーザ公、随員25名の救助を開始する。


夜が明け、ロープを使って崖を降下してきた消防士十数名も救助に加わる。


救助に当たる誰もが、「あの高さから落ちたのでは、生存の見込みは薄い」と感じていた。

事実、原型を留めていない車輌の残骸の中から、腹部が押し潰された男性の遺体が収容された。


割れた車窓から放り出されたのか、車輌から離れた場所でも女性の遺体が、ウェッカー川の中にあった流木に引っかかっていた女性の遺体が発見され、収容される。


遺体の収容が進む中、救助隊に同行していた軍医が、収容した女性が呼吸停止、心停止しているのを確認して死亡の判定を下した。


だが、おかしい、と軍医は感じていた。

この遺体は左腕に骨折の兆候はあるが、さほど目立った外傷はない。

頸椎が折れている訳でもない。

左右の手の指を見ると、白斑があった。

「・・・凍傷だ、事故後も生存していたのだ。この女性は、低体温症による凍死だ」


軍医は叫んだ。

「今、収容した女性は事故後も長時間生存していた可能性がある!生存者がいる可能性は高い!一刻も早い救助をお願いする!」

緩慢になりかけていた救助隊の隊員の動きが、軍医の声を聞いて鋭さを取り戻した。


列車の残骸から遺体の収容が続く中、一際大きな声が現場に響いた。

「生きてる!生きているぞ!生存者発見!」


おおっ、と響めきが起こる。


だが、間に合わない。

軍医は思った。

今から収容した患者を連れて、川を降流だ。

夜間だったが、遡行には3時間かかっている。

明るくなったが、患者を連れてだと必要な時間は変わらないだろう。

100リーグある、あの崖の上へ何としても運び上げなければならない。何としても、だ。




















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