第56話  お召し列車③

エムデン駅では1001列車、お召し列車1号が定刻を30分過ぎても通過しないことで、駅全体が緊張に包まれていた。

そんなエムデン駅事務室へ、紺色の外套コートを雪で白く染めた車掌が飛び込んできた。

「どうした?」「事故か?」

夜勤の駅員から声がかかる。


「1001の、車掌だ。お召し列車が、雪崩、遭難、した」

雪に足を捕られながら必死に走ってきた車掌は、息も絶え絶えに報告する。


お召し列車通過を確認するまでは帰宅できない、と待機していた駅長が電話の受話器を掴み、ヴァイーエ鉄道管理局へ連絡する。


「遭難の場所は?」


「甲号距離標、43、の地点」

と言った後にその場へ座り込んだ。

「機関士と機関助士が、こちらへ、向かっている。国鉄作業衣ナッパ服しか着ていない。凍えながら歩いている筈だ。早く救援を!」


ベルゲドルフ駅で抑止かけろ、消防警察に連絡だ、手の空いている者を集めろ、帰宅した者を呼び戻せ、と声が飛び交う。


そんな中、誰かが大声で叫んだ。

「出発信号機赤!赤に変えろ!」


一番線歩廊ホームから出発しようとしていた普通列車に抑止がかかる。


駅員が、蒸気機関車から身を乗り出している機関士へ

「この先で事故だ。この列車は抑止する」

と伝える。


保線区車庫からは、最近導入された簡易動力車トロッコが出された。

軽便貨車を連結して本線へ進入。徒歩でエムデン駅へ向かっている筈の職員の救援へ向かう。




エムデン駅からヴァイーエ鉄道管理局、国鉄本社、国鉄総裁と鉄道大臣、総理大臣、侍従長を経て国王へ一報が入ったのは、事故から50分後だった。


「雪崩に巻き込まれて、ウェッカー川沿いの渓谷へ転落した・・・」

ううむ、自然災害って恐ろしいな。

居なくなってほしい人間がほぼ片付いたなんて、何という僥倖だろうか!


——逆の立場になることを考えると、恐ろしくて失禁しそうだよ。まぁ、失禁するのは私ではなく君なのだが——


「取り急ぎ御報告いたします、陛下」

侍従長フォン・エーベルシュタインが一礼する。


「侍従長。自然という物は、時には恐ろしい『仕事』を為すものだな・・・」


「確かにそうかもしれません。自然の仕事は驚嘆すべきものがあります。春には陽射しが雪解けを促し、夏の炎天が秋の豊穣を約束する。また、今回のような悲劇的な災害も起こす」


いや、私の言っている仕事って、仕掛とか仕置とか、あと仕業とか仕留とか、からくりとか、そんな意味なんですけど。


「総理大臣の命で、軍も救難、捜索活動に入りました。次報を待ちましょう」

侍従長が淡々と語った。


「そうだな。を期待しよう」


国王なんて存在は、この侍従長の操り人形パペットでしかないんだろうな。

人形は人形らしく、大人しくしておこう、うん。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る