第55話  お召し列車②

19:30


お召し列車1号は、国境手前駅のグムンデンまで30分の距離にいた。


前方に異変を認めた機関士が制動をかけ、お召し列車1号を止めた。

「ちょっと前を見てきてくれないか」


前照灯に照らし出された前方には鈍く光る二本の線路ではなく、一面白色の光景が広がっている。


「雪崩、ですかね?見てきます」

機関助士が機関車を飛び降り、小走りで機関車前方へ向かう。


やがて戻ってきた機関助士が

「小規模の雪崩です。複線の下り線だけ、上り線は、ほとんど雪が被ってません。大体、幅が10リーグ(10m)、積雪の深い所で1リーグあるかないかです」

と報告してきた。


「また微妙な冠雪だな。救援呼ぶか?」

機関士の意見に


「いや、最寄りはエムデンです。救援呼んでも保線区員が来るまで1時間はかかるでしょう。それよりは、俺たちで雪掻きした方が早いのでは?」

と雪崩の状況を見てきた機関助士が返した。


「だな。幅10リーグなら、20分もあれば何とかなるか。車掌を通して『後』に報告してくるわ」


機関助士が円匙シャベルを手にして、前方の雪の排除へ向かった。


機関士は動輪に車止めを咬まして、車掌車へ向かう。


車掌車の扉は開いていて「どうした?」と車掌が尋ねてきた。


「小規模の雪崩だ。俺たちで雪掻きすれば造作なく通過できる。後の随員には、積雪が深くて通行に手間取っている、と説明してくれないか」

運転士が説明した。


「そうだな。下手に雪崩とか説明すると、また不安を煽ってやっかいなことになるしな」

と車掌が返した。


「説明が終わったら、円匙持って前方へ来てくれ。一汗かくぞ」


やれやれ、と思いながら、車掌はお召し列車の随員用客車へ向かう。


踏み台ステップを器用に昇り、客車外扉を開け、内扉を叩いて「車掌です」と声をかけた。


内扉が開けられ「列車が止まっているが、何があった?」と随員に尋ねられる。


「この区間の積雪が思いのほか多いので、列車の通行にお時間を頂いております。通過まで、今しばらくお待ち下さい」


「そうか、任せる」とだけ言って、随員は内扉を閉めた。


用事が済んだら即、扉を閉める、か。

寒いし当然だが、この寒さの中で薄手の国鉄作業衣ナッパ服で雪掻きしている機関士と機関助士のことを思うと、この行為に車掌は苛立ちを感じた。


車掌車から円匙を持ち出し、機関車前方で雪掻きに奮闘する二人組に加わる。


「あ〜あ、機関車先頭の国旗が凍りついて真っ白だよ」

「ただの雪の塊だな」

軽口を叩きながら、円匙を振るう。


思ったよりも早く、雪掻きは終わりそうだ。

だが、この特別編成の列車が遅れたら、運行図表ダイヤグラムの修正が大変だろうな、と円匙で雪掻きをしながら車掌は思った。


その時、聞き慣れない音がした。


「山鳴りか?」

機関助士が口にした。


山を見上げた機関士が「逃げろ!」と叫んで、前方へ駆け出した。

200リーグ先に列車用防雪壕シェルターがある。

走りながら山を見上げると、白い塊が山肌を滑り落ちて来るのが見えた。

積雪に足を捕られながら、懸命に三人は走った。

雪が斜面を削り取りながら下ってくる擦過音が頂点に達し、何かを押し潰す音がそれに加わった。


防雪壕へと必死に逃げる三人の背後では、雪崩の直撃を受けたお召し列車が、25.3ノナストーン(88.5t)ある機関車を引き摺るようにして、線路横の谷底へ転落していった。

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