第53話  外交委員会②

「外務大臣、説明をお願いしたい」


ボンダレンコ議員に促されて、外相が経緯を話し出した。


「1月に締結したマルメディアとの秘密協定だが、レヴィニアは今回のオストマルク騒乱での賠償金を支払わない。領土割譲も行わない。ただし、国王陛下が公の場で謝罪する。その後、戦死者の遺体を返還。そして、クリスティーネ公とマルメディア王弟フリードリヒ公の婚約発表。婚約式の恩赦で捕虜半数を解放。華燭の典の恩赦で、残りの捕虜全てを解放。クリスティーネ公の化粧領として、ヴァルタ川西岸の4県、ブレスラウ、ブロンハウ、マイダネク、ポーゼンを譲渡する」


「こいつはクビッツァを名乗っているが、元々の姓はフォン・グナイストだ!婿入りでレヴィニア人を装っているが、マルメディアへ通じているのだ!」


総理のシルベルマンが叫んだ。


「貴様は黙っていろ!」


委員長グラスが一喝した。


「他には?」


「陛下の謝罪の後で、マルメディアから小麦、石炭、石油の輸出が再開される予定だった。今現在、我が国は石炭不足で国鉄が機関車運用に支障をきたし、国内物流に大きな影響が出ている。一部地域では食料品の不足も起こっていて、飢餓発生の危険もある」


控室を重い沈黙が覆った。


「陛下に上奏して、お言葉を頂けたら解決したのだが、そこにいる総理大臣が止めたのだ」


「はぁ?止めた?」


議員が呆れた声を上げた。


「陛下が公式に謝罪して、内閣がそのまま居座る訳にはいかない。総辞職だ。自身の総理の座に固執して、協定の見直しを求めて使節を何度もマルメディアへ派遣したが黙殺され、逆に協定の履行を迫られて帰国している」


「馬鹿なのか?」


委員長が吐き捨てた。


「虜囚の身の将兵よりも、自分の総理の座が大切か?」


「外相、捕虜解放の為に、石炭禁輸解除の為に、何が出来るだろうか?」


議員が外相に尋ねる。


「その前に総理、貴様はここから出て行け!」


と委員長からの怒声を浴びて、総理は


「いいか、その外相は売国奴だ!」


と捨て台詞を残して憤然と席を立った。


「さて、ボンダレンコ議員、君の同郷の議員、確かイェジェクと…」


委員長の発言に


「アルンシュタインです。両名とも議員控室におります。呼んで参りましょうか?」


と応える。


「うむ、お願いしたい」


ボンダレンコが委員長控室を出て行ってから、委員長が外相に私見を述べた。


「マルメディアとの協定を纏める前に、先ず、あのシルベルマンを何とかしないと、どうにもならないと思うが。外相は何か考えをお持ちか?」


「総理大臣の辞職勧告決議を出せば、おそらく可決されるでしょう。だが、そうなると衆議院解散に打って出て総選挙となり政治的な空白が生まれてしまう。それは避けなければならない」


外相クビッツァも外交委員長グラスも衆議院議員だ。総選挙となれば、自らの選挙区で選挙に専念しなければならない。


他の閣僚もそうだ。


外交も内政も、一旦棚上げになる。


しかし、それが許される状況ではない。


「総理を解任して頂く」


外相が淡々と語った。


「解任して頂く、とは、まさか…」


委員長が驚愕の表情になる。


「陛下に大政帷幄権を発動して頂く。その上で、シルベルマンを解任。後任の総理を指名して頂くしかない」


「国王親政か、たしかに憲法上は可能だが…」


委員長が呻いた。


「陛下は、この件については何も存じあげていない。上奏して御聖断を仰ぐ他ない。だが…」


外相が言葉を濁す。


「…陛下へ上奏できるのは、総理大臣のみ」

委員長は頭を抱えた。


「ううむ、打つ手が無い」


同郷の議員2名を連れて、ボンダレンコが戻ってきた。


2名の議員、アルンシュタインとイェジェクに今までの話の流れを説明する外相と委員長。

言葉を挟まずに黙って説明を聞いていた両名だったが、説明を聞き終えたイェジェクが提案した。


「私が陛下へ直訴いたします」


「直訴は大罪だ!厳罰が下されるぞ!」


委員長が警告する。


「生命までは奪われますまい。とにかく、現状を陛下にお知らせしなければなりません」


「ならば、私も直訴に同行しましょう」


ボンダレンコが言った。


「党が異なるとは言え、同じブレスラウ選出の議員を見捨てるわけにはいきません。私も直訴に加えてもらいますか」


アルンシュタインも、そう言った。


「諸君は、あのシルベルマン並みの愚か者だな。では、私も参加させてもらおうと思う。直訴状の内容は、私が認めよう」


外相が言うと、溜め息をつきながら


「外相が直訴に加わるのに、この件を知っている私が傍観者でいるわけにはいきませんな。私も直訴に加わりましょう」


と委員長が漏らした。


「我々に出来るのは、直訴までだ。後がどうなるかは、陛下のお考え一つだ」


外相がこの場を締めた。






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