第48話 弔問②
警護のシェーファーがベロフ宅の扉を叩いた。
「はい、どなt…あら、マックスじゃない?今日はどうしたの?」
テオドール・ベロフ未亡人、エレオノーラが顔を出した。
「こんにちは、エリー。今日は君に会いたいというお客さんを連れてきたんだ」
ベロフの同僚だったシェーファーがそう言ったが
「…私に会いたいお客さん?」
と怪訝そうな顔をした。
「こちらのお方だ」
とシェーファーから紹介されたので
「初めまして、エレオノーラ」
と挨拶した。
「へっ陛下?!」
エレオノーラは玄関前に立っている私を見て、固まっている。
「あの、お身体の具合はよろしいのですか?」
「ああ、おかげさまでね」
身を挺してくれた、テオドールのおかげだ。
「中へ入ってもよろしいかな?」
笑顔で問いかけると
「ど、どうぞ、お入り下さい」
と驚愕の表情を崩さないまま迎え入れてくれた。
「では、私も入室させていただこう。宜しいですな?」
侍従長フォン・エーベルシュタインも室内へ入った。
護衛のシェーファーも一緒だ。
「あの、陛下。本日はどのようなご用件で、こちらへ…」
困惑した様子のエレオノーラ。
「ああ、エレオノーラ、お茶を一杯いや侍従長とシェーファーの分もだ、三杯いただけないだろうか?」
「陛下へのお気遣いもできず、恥じ入るばかりです」
台所へ向かうエレオノーラへ
「本当に惜しい人物を失ってしまった。残念でならないし、悔やんでも悔やみきれない。お力落としのことと思うが、どうか気をしっかり持つように」
と声をかけた。
「葬儀に参列できず、弔問も遅れに遅れ、本当に心苦しく思う。大変申し訳ない」
だが、テオドール・ベロフの仇討ちは我々が済ませた。
さすがにそれは、伝えることが出来ない。
「おとしゃんと、おないかいしゃのひと?」
覚束ない足取りで近づいてきた女児が言った。
「ああ、そうだよ」
「あたし、いーえおって。おとしゃんは、いーえってよぶの」
「リーゼロッテか。おじさんは、ハインリッヒって言うんだ。よろしくね」
話しかけてきたテオドールの愛娘の相手をする。
「おとしゃんね、おしごとれ とおくにいってゆの」
——父親が亡くなったことを、説明できないでいるのか——
うわっ、きつい…
「いいこにしてたや、はやくかえってきてくえゆから、いーえ、いいこにしてゆの」
「そうか、はやく帰ってくるといいね」
「うん」
「陛下、申し訳ございません。まだこの子には…」
紅茶が入った紅茶碗(ティーカップ)を運んできたエレオノーラの発した言葉は、涙声で途中から聞き取り難くなった。
「エレオノーラ、大変申し訳ない。このような仕儀になってしまったのは、私の力が至らなかったからだ」
そう言って、頭を下げた。
「どうか陛下、お顔を、お顔をお上げください」
必死に顔を上げるように懇願するエレオノーラ。
促されて顔を上げてから
「君の伴侶が金銭では戻ってこないことは、充分承知している。だが、金銭でなくては解決できない現実的な問題もある。どうか、これを受け取ってもらえないだろうか?」
そう言って、厚みのある封筒をエレオノーラへ差し出す。
「私、あの…」
躊躇するエレオノーラに
「受け取っておきなさい」
とフォン・エーベルシュタインが言った。
「…ありがたく頂戴いたします」
エレオノーラは頭を下げて、封筒を押し戴いた。
「陛下。おそらく、エレオノーラは妊娠しています」
フォン・エーベルシュタインが小声で耳打ちしてきた。
——やはりそうか——
紅茶を啜ってから
「君のお腹の中には、リーゼロッテの弟か妹がいるのだろう?」
と質問してみる。
「お分かりになられますか?ただいま5ヵ月です」
とエレオノーラが腹部を摩りながら言った。
「出産時にかかる費用、その際のリーゼロッテの育児については、宮内省が責任を持つ。君が心配する必要はない。その位はさせてもらえないだろうか?」
出産を控え、まだ幼児の世話も必要なシングルマザーがどれほど大変なのか、想像すら出来ない。
せめて、この程度は…の思いを伝えた。
「…陛下のお心遣いに感謝いたします」
一礼する母と私を、リーゼロッテは交互に見上げている。
「折を見てシェーファーを遣わすので、何かあったら彼に伝えてくれ。出来る限りのことはさせてもらう。紅茶をご馳走になった。ではお暇させていただく」
と伝える。
「見送りは結構、外は寒い。母胎に差し障るのでね」
フォン・エーベルシュタインがそう言って、エレオノーラを室内に押し留めた。
「おいしゃん、いいひとれすね。いーえ、わかゆよ」
エレオノーラに抱かれたリーゼロッテにそう言われたので、
「そうか、リーゼロッテに褒めてもらえて、おじさんも嬉しいよ。では、さようなら」
と返した。
「おいしゃん、ばいばい」
「陛下、本日はこのような所へ足を運んでいただき、何と申し上げたらよいのか00〜色々と配慮もして頂いたのに、何のおもてなしも出来ず申し訳ございません」
リーゼロッテとエレオノーラの声に見送られて、集合住宅を後にした。
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