第46話  外務大臣執務室

マルメディア 首都ノイスブルク 外務省 外務大臣室



マーレンジア書道カリグラフィーで『1対6』と記された書が額装され、外務大臣執務室に掲げられている。


おのれ!


1はなくなったハインリッヒ3世の警護。

6は殺害および行方不明の、かつての在マルメディア大使館関係者の数ではないか!


よくもよくも…


内心の怒りをどうにか抑えつけて


「外相閣下、あの額装の書は?」


と、カルシュタイン大使ニーハウスが質問した。


「ん?ああ、あれかね。先日、陛下と大陸将棋チェスをして完敗してね。私の1勝、陛下の6勝で終わった。自分では大陸将棋はかなり指せると思っていたのだが、残念ながら上には上がいたということだったよ。自分自身の慢心への戒めとして、揮毫を頂いたのだ」


と執務卓の背後を見上げながら、外務大臣ツー・シェーンハウゼンが返した。


何が戒め、だ!


どこまでも人を、カルシュタインを小馬鹿にしおって!


ニーハウスは、内心の怒りを抑えるのに苦労した。


「で、大使。今回の会談申し込みなのだが」


「カルシュタイン大使館より呈出されております、不肖私めの特命全権大使就任の信任状捧呈式の件です」


「事務方からは、書類不備と聞いているが」


ツー・シェーンハウゼンは何が問題なのだ、と不思議そうな顔をしている。


「その不備がどの点なのか、私共には判別しないのです。どうか、御教授を」


くそ!


こんなツーの名前がついた侯爵という縁故コネだけで、外務大臣に就任した無能な奴に、この私が頭を下げねばならぬとは!


「うむ、事務方に確認して、後日貴国大使館へ連絡しよう。事務次官!」


「精査いたします」


待立していた事務次官シュリーマンが請け負った。


「この件は任せる。大使、捧呈式は済んでないが、大使業務は問題なく行われている筈だ。それとも何か問題でも発生したかね?」


「いいえ、カルシュタイン公とハインリッヒ3世陛下の御威光を以って、支障なく業務を遂行できております」


捧呈式が済んでないのが問題なのだ!


それが理解できないのか?


「では、これからも両国の友好の為に、大使の尽力をお願いしたい」


ツー・シェーンハウゼンの言葉を受けて


「大使閣下がお帰りになられる」


とシュリーマンが声を上げ、会談は終了した。





「あの程度の人物が、新任の大使か」


ニーハウスが去った後の執務室でツー・シェーンハウゼンがため息混じりに漏らした。


「関係改善するつもりが無い、ということか」


「どうせ征服する国だから関係改善の労力は無駄、とカルシュタインは考えているのでしょう」


シュリーマンが私見を述べた。


「そうだろうな。在カルシュタインの大使に我が国がフォン・ヴァイツゼッカーを送っているのとは、大違いだ」


ツー・シェーンハウゼンが執務室の天井を見上げ、呆れるように言った。


「それにしても、新任状捧呈式にこだわりますね」


シュリーマンの疑問に


「陛下は事件後、公の場に姿をお見せしていない。現在の陛下の様子を伺う必要があるのだろう。身体に障害が残っているか、顔色、受け答え。カルシュタイン本国から回答を求められているのだろうな」


とツー・シェーンハウゼンが返した。


「陛下、宰相、侍従長へ報告だ。カルシュタインは我が国との関係改善を図るつもり無し、だ」


「直ちに」


シュリーマンが外務大臣執務室を出て行った。


カルシュタイン、レヴィニア、ヴァレーゼ、セヴェルスラビア相手の外交は、四人差しの大陸将棋のようで大変だが、飽きないな。


いや、飽きる飽きないの問題ではないか。


それにしても、陛下の大陸将棋の強さよ。


私も段位レーティング2000超の達人なのだが、陛下の相手にはならない。


「侯爵、私に忖度して手加減する必要は無いぞ」

と笑っていたが、冗談ではない。


王族の手慰みではない、あれは大陸将棋の最高位グランドマスター並だ。








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