第38話  無敵の人②


陛下、カルシュタイン公とユリアーナ公の話から逸脱してしまいました。


——…失礼した。ユリアーナ公嫁娶の際に、マルティニキアからお付きの侍従・女官が大量に入宮してきた。マルメディア側も、ユリアーナ公付きの関係者はマルティニキアの情報部関係者だろうと警戒はしていた。だが、まさかお付きの侍従の中に、カルシュタインの秘密工作の責任者がいたとはね——


どうなさるのですか?


——ユリアーナ公は外患誘致、ダイクストラは国家機密漏洩で、共に極刑にするのが最善た。だが、それではマルティニキアを刺激して、一戦交えることになる。我が国はマルティニキアの植民地から戦略物資であるゴムを輸入している。これを失うことは、国家運営の根幹を揺るがす事態になりかねない——


先月に立ち上げた国営のタイヤ製造会社も、ゴムが無くてはどうにもならない…合成ゴムの研究開発に多額の予算を配分だが、開発には相当な時間が必要だろうな。


——ダイクストラの件は、逮捕拘禁されているファン・デ・ポールの証言しか証拠が無い。いや、証拠ですらないな。単なる中傷や欺瞞情報の可能性もある。我が国とマルティニキアの関係を悪化させようとする、欺瞞情報だ。この件は慎重に調査を進めないと、取り返しのつかない事態を招きかぬない——


はあ…小説なら、ファン・デ・ポールは予定通りに逮捕されて欺瞞情報を流し、マルメディアとマルティニキア間の紛争を誘発させて、疲弊したどちらかの国へ…マルメディアでしょうな、カルシュタインが侵攻。


マルメディア全土を占領って流れですかね。


——おい、冗談だろ?——


レヴィニアの『領土割譲』では、マルメディアは新たな防衛線の構築と戦力配備で多額の予算が必要になります。


こちらの戦力が据え置きのままで防衛面積が増えてますから、縦深陣は薄くなります。


レヴィニアから侵攻受けたら、目も当てられない状況になるでしょう。


——…そうなったら、どうするつもりだ?——


どうするつもりも何も、カルシュタインから一当て受けて防衛線は粉砕。


それを見て、北と西から本格的な侵攻が始まり、分け前を求めて南からも軍が侵入。


哀れ、マルメディアはハインリッヒ3世の時代に分割され、消滅しましたとさ。


——私と君は、一体どうなるのだ?——


アまぁ、私と陛下は、一心同体ばってん少女隊ですから、聖ソロモニウス大聖堂前の広場で、哀れ、断頭台の露と消えることになるでしょう。


後世の動画サイトで、父カール5世失地王と、その息子ハインリッヒ3世無策王のどちらが暗君かで人気が分かれると思います。


——…君の話す異世界の表現は、どうにも理解し難いな——


ま、そうならない様に、上手く立ち回るだけです。


——勝てるのか?——


現状、勝てないでしょうね。


——勝てないだと?ではどうするのだ?——


勝てないなら、まずは争わない。

争いを回避できないなら、自分が勝てるように規則を変える。

規則を変えられないなら、勝つまで続ける。

この方針で進めるしかありません。


——この場合だと…——


そうですね。対レヴィニアだと『割譲』される予定の四県の内二県を租借に変更、100年後に返還する、とか。新しい国境線ヴァルタ川両岸10バイレグ(40km)を非武装地帯とし、軍の駐屯、防衛施設の構築を禁止。既存の施設は破却。20バイレグ(80km)ある非武装地帯は、どちらの国にとっても好ましい存在になるのでは?


——南は?——


レヴィニアが国境線を下げて、さらに非武装地帯が設定されると、余剰戦力が生まれます。

この戦力をヴァレーゼへ向かうように使嗾します。ヴァレーゼとしてもマルメディアを窺うよりレヴィニア対策に力を入れるでしょう。当面は大丈夫なのでは?


——……——


カルシュタインの方は、規則を変えます。

戦争のやり方を変える。


保塁、塹壕に立て篭り、相手の攻撃を撃退するだけの戦闘を行う。こちらからは絶対に攻撃を仕掛けない。徹底した防御戦闘のみ行い、相手に出血を強いて継戦能力を削ぎ落としていきます。そして、相手の戦力が枯渇、継戦能力を喪失した暁に、一気に叩き潰す。


マルティニキアは、まあ接している国境も短いですし、こちらも放置して問題ないでしょう。


——セヴェルスラビアだが…——


こちらも西と同じですね。相手の戦力を削ぐだけ削いでから、最後に叩く、と。


火事場泥棒や空き巣狙いをするような輩は、容赦せずにこれを叩き潰すちゅぶしゅ


ここ大事なので、もう一度言います。


火事場泥棒や空き巣狙いをするような輩は、容赦せずにこれを叩き潰す。




——加藤がいた異世界の知識なのだろうか?非才な私には想像すら出来ないことを言ってきて、しかも理に叶ってるように私には思える——


——タグリアーニ枢機卿は召喚の儀は失敗した、と言ったが、異世界の知識を持っている、無敵の勇者いや賢者がここにいる——


——最後の『叩き潰す』は『ちゅぶしゅ』と聞こえたぞ。言葉を発せずに会話しているが、滑舌の悪さが出ているな——
























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