第35話  請謁②

マルメディア 首都ノイスブルク 王宮 侍従長執務室




「侍従長、レヴィニア大使から請謁が出されました」


侍従のエメリッヒが報告してきた。


「遅きに失する、だな」


書類から目を上げて、そう言う。


何を考えて、今の今まで事態を放置していたんだ、レヴィニア大使は?


「まぁ、来ないよりは、まだ良い方か。では、日程の調整に入るとしよう」


「それが、大使ご自身が書類を持参してきて、東庭前で請謁の回答を待っているのです」


苦い表情をして、侍従が言った。


「どれ、陛下にお伝えしなくては。付いて来たまえ」


侍従を促して、国王執務室へと向かう。


国王執務室前には警務官が二名常駐しており、入室する者への身体検査を行なっている。


かなりしっかりした身体検査が終わると、警務官は巨大な扉を開けて


「フォン・エーベルシュタイン侍従長がお見えになりました」


と伝えた。


付いて来た侍従が


「失礼いたします」


と声をかけて入室しようとした時に


「失礼するなら入室するな!」


と国王陛下から怒声が飛んだ。


「ひっ!」


侍従は、身を固まらせている。


「このような場合は』侍従エメリッヒ、入室します』と発言したまえ。今後は改めるように」


注意を与えてから、今日はご機嫌斜めだな、と心の中で独語する。


「それで侍従長、用件は?」


巨大な机の上には大量の書類が散乱していて、国王、摂政フランツ公と秘書官役の侍従二名が懸命に処理に当たっている。


侍従長執務室の机の上と良い勝負だな、と思いながら


「レヴィニア大使から請謁が出ました。本人が持参して、回答を待っております」


と言う。


レヴィニア大使からの請謁書類を陛下へ渡す。


書類を素早く読み取った陛下が


「直ちに呼べ、謁見の間ではなく、ここで良い」


と命じてきた。


「手配します」


侍従が慌しく、国王執務室を立ち去って行く。


「陛下、我々は一旦、離席が必要ですか?」


と摂政のフランツ公が発言した。


「構わない。書類の処理を続けよう」


そのまま事務処理を続けるようだ。


「今回の件で、何らかの条件提示があるのでは?」


12月10日に鎮圧したオストマルク騒乱から1ヶ月以上も経って、やっとレヴィニア大使の登場とは、いやはや…


「こちらが納得できる条件だと良いのだが、さて…」


時間の無駄になりそうな、そんな謁見ではマルメディアもレヴィニアも困る。


「陛下、レヴィニア大使がお見えです」


扉が開いて、レヴィニア大使フェルドマンと随員二名が入室してきた。


「謁見の栄誉を「大使、用件を聞こう」賜r…」


大使は膀胱がパンパンに膨れた幼稚園児のように、目が泳いでいる。


「…貴国に抑留中の、我が国兵士の解放を御承認いただきたく存じあげます」


「我が国は、レヴィニア陸軍兵を名乗る便衣兵ゲリラの裁判を執り行なっている最中だ。貴国も調印しているテルミット協定には、便衣兵に対する罰則が極刑となっている。我が国法曹は、粛粛と裁判と刑の執行を行うだけだ。他に用件は?」


今日の陛下は、一段と当たりが厳しい。


「我が国国王ヤン2世からの書簡です。どうか、どうかご覧下さいますよう、お願いいたします」


大使はそう言って、封蝋でしっかりと封された封筒を、侍従長の私に手渡してくる。


仕方ない、陛下へ渡すだけ渡すとするか。


封筒を受け取った陛下は、封を開けることすらせずに封筒を引き裂いて、そのままゴミ箱へ捨てる。


ほぉ、というフランツ公の声の後で


「ぶっ無礼な!」


と大使が声を荒げた。


「君達に無礼という語彙があることを、正直、驚く他ない」


私がそう言うと、大使は顔を赤く染めて押し黙った。


「今回の事件でを処理する時間と手間が必要なのでな。無駄な時間は無いのだ」


陛下が謁見の終了を暗に告げる。


「レヴィニア大使フェルドマン、謁見を終決する」


侍従長として、謁見は終わったから退出しろ、と大使に促した。


「発言をお許し下さい」


背広スーツの着こなしに一分の隙もない随員が、発言を求める。


今回の請謁の中心人物は大使ではなく、この男だろう。


「発言を許可する」


陛下が発言を促した。


「初めて御意を得ます、陛下。レヴィニア外務省事務次官、エウゼビシュ・ステファンスキと申します」


ほほぅ、これは中々高位の人物が登場してきたな。


「建設的な話が出来ることを、期待している」


この男となら、絶望的な内容の会話にはならないだろう。


さて、どんな話が出てくることやら…


「弊方の第二王女クリスティーネと貴国王弟フリードリヒ公の婚儀を執り行ないたく、そのお力添えを賜りたく存じます」


えっと声を上げたのは、大使だ。


全く話を聞かされていなかったのだろう。


この件の局外者にされる程度の人物が大使の任に就いていたとは、マルメディアも舐められたものだ。


「なお嫁娶の際には、我が国のブレスラウ、ブロンハウ、ポーゼン、マイダネクの四県を化粧領といたすこと、併せて御承認いただきたく存じます」


「四県もか」


フランツ公が呻いた。


これには正直、私も驚いた。


レヴィニア大使は驚きのあまり言葉もなく、魚のように口をパクパク開閉させている。


持参金代わりに、と言うよりは、今回の詫びとして、この四県をマルメディアへ割譲するというのだ。


この四県合わせると、レヴィニアの総面積の一割を超える。


また随分と思い切った手を打ってきたな。


まぁ、冬期を迎えたレヴィニアへの石炭・石油の禁輸措置が相当に効いているのだろう。


「誰か、地図を持って来てくれないか。縮尺は問わない」


陛下の要望に


「こちらをおつかい下さい」


と事務次官が用意してあった地図を、私に差し出してくる。


地図を広げて、陛下の執務机の上へ置く。


「すると新しい国境線は、ヴァルタ川か」


地図を睨んでいた陛下が呟く。


「レヴィニア陸軍西部軍団の上層部は既に軍法会議で禁固10年以上の刑が科され、軍事刑務所で服役中です。捕虜となっている第21師団の将兵に対しても、調査を行い処分を科します」


ふむ、納得できる内容だ。


だが、レヴィニア国王の謝罪は、さすがに無理か。


「事務次官、貴君の提案を准許する。今回の婚儀の公式発表に合わせて、の返還を行い、石炭・石油の禁輸措置を解除する」


フリードリヒ公とクリスティーネ公の婚約の折衝は、秘密裡に進めていたから何の問題もないだろう。


さて、次の一手はどう打ってくるのかな、事務次官?


「オストマルク騒乱へ対する謝罪、人道的見地からの石炭・石油輸出再開に対する感謝、この度の婚儀、これらの発表が愚生の帰国後に国王、宰相により行われます」


禁輸措置が効いて、そこまで追い込まれていたのだな。


銃弾が飛び交わない戦争には勝ったか。


「では、我が王都ノイスブルクの聖ソロモニウス大聖堂で執り行なう予定の婚約式の恩赦で、捕虜の半数を解放する。残りの捕虜は、華燭の典の際の恩赦で解放されることになるだろう。婚儀の発表、婚約式、華燭の典が早期に行われるなら、捕虜の虜囚生活も短く済むのではないかな」


「陛下の御高配に深謝いたします」


事務次官が、深く深く頭を下げて礼をした。






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