第33話  司法取引

マルメディア 首都ノイスブルク 中等裁判所



「陪審員の結論は出ましたか?」


裁判長が言っている。


「はい」


陪審員の代表一名が起立して答えた。


「結論を聞かせて下さい」


「被告エーリッヒ・ファン・デ・ポールは、起訴されている殺人教唆について、有罪。外患誘致について、有罪」


このままだと死刑は確実だ。


どうして大使館は動いてくれないのか?


俺は捨てられたのか?


橙色の囚人服が脂汗で濡れて、不快だ。


くそっ、どうする?


「では、11時に再k…」


横にいる弁護士に慌てて話しかけた。


「法務中尉殿、司法取引をしたい」


「大佐、あなたには取引の材料は残っていない筈だ」


悪あがきは止めろ、という表情で弁護士が言った。


「まだ話してない情報がある。頼む」


何としても死刑を回避しなければならない。


生きてさえいれば、何とかなる。


「裁判長!」


やれやれ、面倒な、という感じで弁護士が発言を求める。


「弁護人、何か?」


休廷しているのに、今更、何を言ってくるんだという、不快な表情を裁判長は浮かべている。


「内密の話が」


「弁護人」


そう言った裁判長が手招きをしている。


歩み寄った弁護士が裁判長席前で何事か会話をしていたが、裁判長が


「首席検事、こちらへ来て下さい」


と今度は検察官を呼んだ。


呼ばれた主席検事を交えて、三人でまた何か話を始めた。


時折、俺の方を見ている。


戻ってきた弁護士が言った。


「裁判長控室で話を聞く。取引できるかどうかは、検察と裁判長の判断次第だ」


足枷を付けられ、後手に手錠を付けられ、更に腰紐も巻かれて裁判長控室へ向かう。


控室へ入った途端、首席検事の怒声を浴びた。


「今さら何の取引だ!命乞いなら時間の無駄だぞ!」


まあまあ、と弁護人が割って入ると、裁判長が一言


「話せ」


と言った。


「対マルメディアの秘密工作の責任者について」


「それはお前だろう、こんな与太話に付き合っていられるか!」


別な検察官が怒りの声を上げた。


「違う。俺はフォン・ノイラートの指示で動いていた、ただの現場責任者だ。フォン・ノイラートの上席がいる」


「続けろ」


首席検事が促した。


「姿は一度だけ、そいつが大使執務室から出て来た時に見た。俺が執務室へ入ると大使は…いや、前大使か、えらい叱責受けて怒鳴られた、と言っていた。そいつとの間で、何か齟齬があったようだった」


「一旦、話を止めてくれ」


首席検事はそう言って、裁判長控室にある電話のダイヤルを回した。


「法務第一部長ファン・デル・サールだ。情報部部長か、不在なら次席へ繋いでくれ。…それは、いつ頃だ?」


「本年5月…上旬。はっきりした日付は失念してしまった」


そう言うと、どこからか舌打ちする音が聞こえた。


「…はい、法務第一部長ファン・デル・サールです。…ええ、休延中です。本年5月上旬のカルシュタイン大使館への入館者の…はい、そうです。お願いします」


そこで受話器を置いた。


「裁判長、休延時間内に処理できない案件です。審理再開後に、再度休延或いは審理延期の宣告をお願いします」


「司法取引をするに足る内容なのかね、これは」


裁判長は、自分の拘束時間が長くなるのを明らかに嫌っているようだ。


「判断は、これからです」


首席検事がそう言った。




審理再開後、再び休延が宣告され、再度裁判長控室へ向かう。


全員にロールパン、茹で玉子、チーズ、ハムの簡単な昼食とコーヒーが出された。


拘置所のメシと変わらないな、と思ったが、裁判長も検事も弁護人も文句一つ言わずに食事を終えた。


それから1時間しない内に、陸軍情報部から5月上旬分のカルシュタイン大使館入館者の写真が届いた。


俺の命がかかっているんだ。


この写真の中に、あいつがいないと銃殺いや、絞首刑か。


土曜ではなかったし、日曜は業務をやっていないから、5月3日から7日の間だ。


手錠を外され、写真の確認を行う。


一枚一枚確実に精査しなければ。


3日…無し。


4日…無し。


5日…無し。


俺の勘違いか?5月で間違いない筈だ。


畜生!


6日…あった!


「こいつだ、こいつがカルシュタイン大使館の裏工作最高責任者だ!」


1枚の写真を手にして、首席検事へ見せた。


写真の裏側には、撮影された人物の氏名、生年月日、職業、現住所等の、個人情報が判明している内容について記入がなされている。


写真の裏側を見た首席検事が固まっている。


「どうした?写真をこちらにも見せてくれ」


と裁判長が声をかける。


「欺瞞情報ではないのか?」


と裁判長へ写真を渡しながら、首席検事が絞り出すように言った。


「馬鹿なっ!」


写真の裏側を見た裁判長が叫んだ。


俺の弁護人が写真を受け取り、うっと呻いてから、写真をまだ見ていない検察官へ回す。


「えっ!」「そんな!」


と声が上がった。


「これが事実なら、死刑から禁固30年に減刑だな」


と首席検事が言った。


「いや、禁固10年相当だ」


裁判長が刑期の訂正をする。


ありがたい。


その内、この国の先王がくたばれば恩赦になって、もう少し早目に出所できるかもしれん。


とりあえず、命は繋がったか。


出所後のことを考える時間は、たっぷり取れるさ。


ちなみに写真の裏側には、こう記されていた。


ステファナ・ダイクストラ


先王妃ユリアーナ公付き侍従



































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