第21話  ある経済論

マルメディア 首都ノイスブルク 王宮 国王執務室



「マルメディア中央銀行券ではなく、マルメディア政府紙幣を発行する」


そう宣言してみた。


「はぁ?中央銀行を介さないで紙幣発行?」


「陛下、財政規律の概念は理解されてますか?」


大蔵大臣フォン・ライニンゲンと中央銀行総裁フォン・ボンハルトが同時に声をあげた。


「説明を聞いてもらいたい。この新紙幣は不換紙幣とし、流通期間を10年とする。発行額は500万ゴルト(5兆円)。年に50万ゴルトを回収、償却していく予定だ」


不換紙幣、500万、と呟くのが聞こえた。


「不換紙幣なので、最終的に銀行を通じて国庫への納付金として使用されるのではないか。事務次官の意見は?」



「…陛下が何をおやりになりたいのか私なりに考えましたが、つまり利息を払わない国債を発行したい、とお考えなのではありませんか」


大蔵事務次官ナウマンが呆れた口調で、そう話した。


「一般の使用では支払いを拒否される可能性もあります。ただ、確かに国庫納付に使用する分には、全く問題ありません」


「支払いというのか受け取りの拒否だが、法貨として10年間無制限に通用する、と中央銀行法を改正すれば良いのでは?どうだろうか?」


「…軍ではなく、政府が発行する『軍票』ということですか。いや、それにしても」


中央銀行総裁も呆れている。


「一般会計は6000万ゴルト程度なので、年50万ゴルトの回収償却は問題ありませんが、しかし…」


大蔵大臣も素早く計算しながら、何とかそう言った。


「ふむ、中央銀行総裁。国債の発行についていくつか質問に答えてもらえないだろうか?」


「何なりと」


さて、昔々の経済学の授業で軽く触れたことを質問してみる。


「我が国は、中央銀行が兌換紙幣を発行している。そうだね?」


「陛下の仰る通りです」


「国債は、何故発行するのであろうか?」


「一般に、国家予算を編成し、収入よりも支出が多い場合、予算不足により行政運営に支障が出る為、不足分の予算を国債発行で補うのが…」


うん、そうだ。


「国債を発行すると、事実上紙幣の流通量が増える。中央銀行には、この増加した兌換紙幣の流通量に見合う金の準備はしてあるのかね?」


えっ!という顔をするフォン・ボンハルト総裁。


「あっ!」と声を上げたのは、フォン・ライニンゲン蔵相とナウマン事務次官。


「国債を発行することは、事実上不換紙幣を流通させていることになるのだが。どうだろう?」


「…ですが、国債という、金に次いで価値の保証があり、その、政府の裏付けがありまして」


かなり苦しい回答をしてきた。


これでは経済学原論で単位を落とすな。


「総裁も、不換紙幣を流通させていることは認める訳だね。政府紙幣も、政府の裏付けがあるのだが」


そもそも論だが、金本位制が正しいという大前提が間違っているのだ。


「……」


総裁は黙ってしまった。


「我が国の経済発展を促したい。貨幣の流通量を増やし、決済機能としての流れをよくしたい。だが、金本位制だと貨幣の発行量に限界がある」


「金本位制を廃止する、というお考えですか?」


事務次官が恐る恐る尋ねてきた。


「現時点で廃止にすると、金融恐慌を招くだけだ。将来、おそらく何十年先の話になるだろうが、いずれ金本位制は廃止しなくてはならなくなる筈だ。その時は強力な中央銀行及び政府が、貨幣の信用を保証することになる」


三人は話の内容を吟味しているようだ。


「陛下、発行量が増えたり、流通期間が延長されたりはしませんね?」


総裁が念押ししてくる。


「それをすれば、信用破綻を引き起こしかねない。発行量500万ゴルト。流通期間は10年間。この前提は崩さない」


「この件は閣議にかけるより、国王令として発布された方がよろしいのでは?閣議で紛糾して時間を取られるのは、陛下の本意とされる処ではない、と拝察いたします」


蔵相が提案してくる。


「そうしよう。紙幣の図案は、中央銀行に一任する。では諸君の精勤を期待している」


何も無い所から5兆円も生み出すとか、私も酷い詐欺師だな。























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