第20話  執務室にて

マルメディア 首都ノイスブルク 王宮 国王執務室



何とか退院できたが、国王の署名が必要な書類の山が国王執務室に待っていた。


この国の文字は未だに分からないが、見様見真似でサインだけはどうにか書けるようになった。


入院中に右手の機能回復リハビリと称して、サインの練習をした甲斐があったというものだ。


御璽押印が必要な書類には、摂政に留まっているフランツ公が押印を手伝ってくれている。


「書類相手に格闘するのも、いい加減飽きてきたな」


フランツ公が溜め息をしながら、泣きごとを言ってくる。


「フランツ公、摂政なのですから、そう仰らずに」


やはり書類と格闘している侍従が言った。


「叔父上、王族としての義務です」


ラインハルトいとこが暇なのだから、彼奴に手伝わせても良いのではないかな?…いかん、これは一旦、保留にした方が」


フランツ公が侍従に書類を渡し、目を通した侍従がこちらへ書類を回してきた。


新任のカルシュタイン全権大使の信任状捧呈式関連の書類だった。


「前大使急遽、本国召喚となりましてな」


数名の外交官同様、マルメディアから逃げ出した、と。


「保留にして、外務省へ差し戻す。書類不備とでも言っておくか」


軽く嫌がらせをしておこう。


「アウグスト、私はだな、細かい事務仕「叔父上、執務中ですから、その呼び方はお止め下さい」事は・・・ではハイニにいたしますか、陛下?」


「陛下にして下さい」


「御意」


「で、何ですか?」


「陛下、趣味の時間が取れなくて困っているのですよ」


フランツ公が書類を封筒に入れ、未決の印を押してから外務省戻しと記入しながら呟いた。


「窯の火入れができない。今年の国展に出展する作品が間に合わないではないか」


窯の火入れ?


陶芸家なのか?


——ああ、フランツ・ミーステク名義で文化省主催の展覧会へ出展して、優秀賞を受賞したこともある。忖度無しでだ——


王族の道楽の域を超えていると。


いや、土と炎の芸術家が、たまたま王族だったか。


「今年は諦めて下さい」


「ああ、理解はしているが、納得はしとらん」


「それで結構です」


侍従から回された書類にサインして、そう応える。


「陛下、なかなか厳しいですな」


書類を確認して御璽を押しながら、フランツ公が言った。


「叔父上の薫陶の賜物ですよ、摂政殿下」


「…では陛下、そろそろ昼餐の時間です。しっかり食事を取って、午後の政務への鋭気を養うとしましょうか」


12時5分か。


もうそんな時間になっていたとは。


午後からは、大蔵大臣らと財務関連の会合もある。


山積みの書類はかなり処理しているが、新規で上がってくる書類も多い。


国王署名の上、御璽が必要な書類が多過ぎる。


検討の余地があるな。


行政機関へ権限委任しても問題ないものが、必ずある筈だ。

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る