第16話  マリアージュ

マルメディア 首都ノイスブルク 宮内省病院



鶏腿肉のグリル、イチジクのジャムを塗った丸パン、キャベツの炒めもの、溶き卵のスープの夕食を食べ終える寸前、病室の外が騒がしくなっていた。


「大司教様、病室へ酒類のお持ち込みは、お止め下さい!」


看護師のエリーゼの声だ

「あ、あ〜ん?とんでもない。ワシぁまだ84の鼻垂れ小僧じゃ!かっかっかっ!」


と、これはノイスブルク大司教だ。


「どうれ、陛下、お食事中のご様子ですが、入室いたしますぞ」


ドアを開けて、病室内へ入ってくる。


「こんばんは、大司教」


今日は緋色の大司教の聖職衣姿ではなく、ヘルネ修道院の、灰色の簡素な修道士服を纏っている。


「全く、葡萄種は病室への持ち込み禁止とか、何を考えておる。葡萄種は、主の血の一滴じゃぞ」


大司教の背後で憮然とした顔をして立っているエリーゼに


「エリーゼ、申し訳ない。大司教との話の間は、席を外してもらえないだろうか?」


と言うと、無言で病室の外へと出て行った。


後からフォローしないとな。


「それで、お話しとは?」


大司教は、病室内へ持ち込んだバスケットからワインとグラスを取り出しすと、ワインを注いでベッド脇のテーブルへ置いた。


「ヴァレーゼの王太子フェデリーコ公とレヴィニアの第一王女マリア公の婚約が本決まりになりました。近日中に公式発表があるでしょう」


へ?


えーと、あのヴァレーゼとレヴィニアの関係改善のアレだっけ?


どうするの、これ?


——最悪だ——


注いだワインを飲みながら

「レヴィニアとヴァレーゼの同盟が見えてきましたが、さて、どうなされますか?」


と大司教が尋ねてくる。


——レヴィニアへ送り込む人物がいない。糞!もう、王家に近い侯爵家から妙齢の女性を差し出して貰うしかない。王命を拒否するなら、抗命で爵位剥奪だ!——


無茶な!


いや、その前にこの国の外務省は何をやっていたんだ?


——おのれ!無能な外務大臣以下、外務省高官は全員更迭に…そんなことをしても、意味がないか——


「まあ陛下、お一つどうぞ」


と、もう一つグラスを出して、そこへワインを注ぐ大司教。


終わったか、いや、まだ始まってもいなかったか?


まあ、いいや。


とりあえず、ワインを飲んで落ち着くとするか…


美味い!


スパイシーで力強い、フルボディの素晴らしい赤だ!


——飲んでいる場合か!——


「外務省は、王弟フリードリヒ公のレヴィニアへの婿入りで、王族女性との婚約を検討、交渉しておりました。今回はヴァレーゼ側に先を越されましたが、今は他に手がありませぬ。ああ。この赤には、このチーズですな」


と大司教がハードタイプのチーズをバスケットから出してくる。


しかし、この枯れ枝みたいな身体をした爺様いやノイスブルク大司教か、国家機密みたいな話をどこから入手してるんだ?


私が詮索するようなことではないかもしれんが。


それよりも、今はチーズだ。


見た目はチェダーチーズだな。


どうれ、陛下には悪いが、このフルボディの赤と合わせ…おうおう、おう!


チーズの旨味と、隠れていたワインのまろやかさが引き立てられて、まさに幸福なマリアージュ…ん?


「婚約は、あくまでも婚約であって、結婚ではない」


「そうなりますか。レヴィニアとヴァレーゼの王族が婚姻関係になった訳でもないし、強固な軍事同盟を結んだ訳でもない」


——交渉で時間を稼ぐしかない、いや、レヴィニアとの交渉、それ自体が重要だ——


公式でも非公式でも、両国で話し合いを続けることです。


「ま、あくまでも仮、仮にですが、レヴィニアの第二王女クリスティーネ公は20歳ですから、18歳になる陛下の弟君フリードリヒ公となら『婚約発表』の問題はないと思われますが」


空になったグラスをテーブルへ置きながら、そう言ったが…


「ただ…」


「まだ何かあるのか?」


悪い話のようだ。


「このような王族の婿入りの場合、慣例として持参金か持参金代わりの領地が必要となってきます」


金、か。


領地はともかく、本人の意思はどうなるんだ?


——王族に、本人の意思なんぞないわ!くれてやる領地はないから、持参金で解決するしかないだろうな…——


はぇ〜、本人の意思は無関係、ですか…


この話がまとまれば、何とか一息つけそうだ。


いや、まとめてもらわなくては!


ん?…婚約だけなら、解消してしまえば持参金は必要なくなるのでは?


——違約金代わりに持参金を取られて、それでお終いだ。しかも、信義に悖る国の名声と、レヴィニアとの関係悪化までついてくる——


「大司教、その、持参金の相場はお分かりになりますか?」


「たしか、10年前にオスロステンの第二王子がナイメリアへ入り婿した時の持参金が、4万デュカールという噂でしたから、ええっと…朦朧すると計算が面倒になりますな。1万デュカールが25万ゴルトくらいでしたから、そう、大体1ま0億ゴルト前後になりますか」


——10億ゴルトだと!——


えーと、この国の平均給与が4万ゴルトだったか?


大体1万ゴルトが100万円換算か?


持参金が10億ゴルトって、うん?


…1000億円!!!


マジか?!




















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