第10話  自分の趣味で

マルメディア ノイスブルク 宮内省病院



炒めたベーコンを刻んだものを練り込んだマッシュポテト、目玉焼き、きのこのスープ、薄切りライ麦パンの、朝食という名の刑務所メシを終えてしばらくすると、陸軍大臣が面会に現れた。


軍靴の踵を鳴らしてから一礼し「命により、参上いたしました」と言う。


「軍の内部はどうかね?」


——雄牛みたいな体型をしているだろう。彼が陸相のフォン・クライストだ——


…筋肉の壁って、こういうことを言うのか。


緋色、いや赤い制服のジャケットの効果もあって、威圧感十分だ。


しかし、右手に持っているアレは、ピッケルハウベかよ!


そんなヘルメットで戦争できるのか?


「カルシュタイン膺懲すべし、の声が彷彿と上がっております」


「仮に戦争となった場合、勝てるかね?」


「勝てません」


拍子抜けするくらいにあっさりと答えてくれる。


「陸軍大臣。すると、我がマルメディアは、この私は、戦争に勝てない軍隊へ毎年多額の予算を割いている間抜け、いうことになるのだが?」


「いいえ、陛下は間抜けではありません。カルシュタインへ侵略戦争を行った場合には、これは勝てません。しかし、カルシュタインから侵攻を受けた場合の防衛戦争ならば、負けはないでしょう」


発言内容は、至極真っ当です。


——詭弁にも聞こえるがな——


「我が国防の基本戦略は防衛戦争を念頭に置いております。現有戦力での防衛戦争であれば、数年は継戦可能です」


数年は戦えるって、それは数年後は打つ手無しということ?


——それまでに外交で何とかしろ、ということだ——


責任転嫁って言いませんか、それは?


——対カルシュタイン戦争で我が国の継戦能力が漸減されてしまえば、他国も黙ってはおるまい——


…捕食獣に集団で襲われる草食動物、ですか。


——然り——


「軍の一部が暴走して、カルシュタインへ攻撃を仕掛ける可能性は?」


偶発的な戦闘が全面戦争に繋がる、歴史上しばしば起こっている流れだな。


「軍としては、必ずこれを抑えます」


「うむ、頼む。私も耐え難きを耐え、忍び難きを忍んでいるのだ」


——加藤、君はいいことを言うなぁ——


まぁ、な。


「はっ、陛下の綸言、確かにこのフォン・クライストが賜りました!陛下の御心を小官が必ず軍内へお伝えいたします!」


「うむ」


——あと、この制服は…——


どうした?


——赤では戦場で目立つ。敵からすれば分かり易い的だ——


「陸軍大臣、制服の色について尋ねたい。その色は戦場で一際目立つと思うが、どう考えている?」


「…小官の忌憚ない意見を申さば、戦場で的になるような赤の制服は、これを着用させて従軍させるのは犯罪行為であります」


一般論だな。


「では、何故色を変えないのか?」


「国王軍創設以来の伝統を尊ぶ者が多いのも、また事実であります」


これも一般論だ。


「軍としては、引き続き赤の制服の着用を希望する、と?」


念押ししてみるか。


「陛下より制服の服色変更の大命降下があれば、軍内に反対する者はおりません」


逃げたな。


赤の制服に合理性はないが、オールドスクールが多数派なので服色変更の矢面に立たされたくない、と。


——オールドスクール?——


守旧派、です。


——ふむ。変更した場合、これは軍内で揉めそうだな——


国を守るよりも、まず軍という組織の伝統、体面を守るのが第一と考える軍人が多いのも、また事実かと。


「戦場で的にならないような制服の色とは、どのような色であろうか?」


罠にかけてやるか。


「戦場にて目立たない色でしたら、暗緑色か暗灰色ではないかと」


はい、オリーブドラブかフィールドグレーですね。


「素晴らしい提案をありがとう。国軍は制服の色を、赤から暗灰色へ改める。協力に感謝する」


「はっ!国軍の制服は爾後、暗灰色といたします」


陸軍大臣は、しまった、という顔をしている。


完全に私の趣味で選んだ、フィールドグレーだ。


戦闘車両はジャーマングレーにして、趣味丸出しで軍隊の編成をさせてもらうか。


——戦闘車両?——


いずれ必要になるものです、陛下。


今はまだ、存在しておりませんが。


部隊増設、新装備開発、装備の部隊展開、軍制改革、軍関係だけでも難問山積だな…


とりあえず、迫撃砲の開発から始めてみるか。

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