第9話  とある聖職者②

「まずは林檎酒シードルの原料になる林檎の味を、陛下にお確かめいただこうかと」


大司教は、そう言って病室の外に控えている従者に声をかける。


「パウル、ナイフをお借りして、林檎の皮を剥いてくれないか?2個でいい。ああ、林檎は一口大に切ってくれると助かる」


警護の者がナイフの持ち込みを許可しないだろうし、国王の前で刃物を振るうという行為が、おそらく禁忌タブーなのだろう。


やがて従者が、皿に乗せられたカットされた林檎を病室の中へ運んでくる。


「ああ、ありがとう。どうれ、まずは毒味に」


と従者に林檎を一つ食べさせる。


「次に、私が」


と大司教が林檎を口にする。


何とも面倒な…


——王族とは、そういうものなのだよ——


「ふむ、大丈夫そうですな。では陛下に献上いたします、我がヘルネ修道院産の林檎にございます」



恭しく皿を持っている大司教に


「いただこう」


と声をかけ、サイズは小ぶりな林檎を口にする。


美味い!


酸味が強いが、甘味もあって食感も抜群だ。


「大司教、これは素晴らしい林檎酒が出来そうですね」


「初醸造の樽は、献上させていただきます。今年の新酒葡萄酒デア・ノイエも間もなく出来上がりますので、来月には献上できるか、と。昨年の葡萄酒よりは出来が良いと思われます」


——献上の葡萄酒?何だ、それは!——



献上品を口にしたことは無いのですか?


——無い!——


この大司教が献上していると言っているのだから、間違いなく献上品はあるのだろう。


いや、他にも献上品があるのではないか?


「その、何と言うのかね。大司教の・・・ヘルネ修道院からは献上の品を色々といただいていると思うのだが」


「はい、新年最初に搾乳した牛乳、その牛乳から作った牛酪バター醍醐チーズ、秋には新酒の葡萄酒ワイン、冬には腸詰ソーセージ燻製豚肉ベーコンなどを献上させていただいております」


——そんなに、か…——


ご存知ないのですね。


これは、何と言って良いのやら…


「作業をしている修道士の励みにもなりますので、何かお言葉をいただけたら、と」


大司教の求めに、かろうじて


「そう、神の恩寵により与えられた日々の糧、その一端を味わう幸運に預かることは、何物にも変え難い価値がある。日々の労働に従事する修道士諸兄の姿には、尊敬の念を抱かざるを得ない…」


と返すことしかできなかった。


「ありがたきお言葉」


——私は一度も献上の品を口にしたことはないぞ。一体、どこに消えているのだ!——


これは宮内省内は、不正と腐敗が横行しているのかもしれませんな。








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