第8話  とある聖職者①

マルメディア ノイスブルク 宮内省病院



黒パンにハムとチーズ、玉ねぎのみじん切りを挟んだものと、豆のスープの昼食を終えてから、侍従長にメシを何とかしてくれ、と依頼するのを忘れていたことに気付く。


——加藤、君はどれだけ美食家なのかね?——


陛下、せめて果物か野菜がもう少し必要だとは思われませんか?あと、紅茶か珈琲も、ですが。


——…そうだな、それには同意しよう——


食後の片付けをしていた看護師のエリーゼが、病室へ飛び込んでくる。


「ノイスブルク大司教がお見えです。お通し「どうれ、若、ご無沙汰しておりました」して・・・」


緋色の聖職者姿の枯れたような老人が、勝手に病室へ入ってくる。


背後には従者が1名ついている。


——また会話をお願いしたい——


承知。


「若、思ったよりも元気そうで何よりです」


「…私は、もう若ではありません」


「おおっ、これは失敬。年を取ると、どうも新しいことには対応しきれなくて、周りに迷惑をかけてしまいがちですわ、陛下。はっはっはっ!」


「私が即位してから、もう3年になりますが」


「そうでしたそうでした。これ、私が呼ぶまでお前たちは病室から出ていなさい」


大司教は人払いを命じて、病室内は2人…いや3人か、だけになる。


「陛下。聖教会では今回の一件を受けまして、俗界不関与の建前はありますが、ネアルカス銀行を通じてマルメディア国債の購入を行い、マルメディア支援へ舵を切ることになりました」


「それは教皇聖下のお考え、と判断してもよろしいですね?」


「聖教会の総意とお考え下さい」


「大変ありがたいことです。やはり、カリンハル王冠の戴冠、あの件ですか?」


「ミコルスブルク大司教を拉致して惨殺したカルシュタインのやり方には、教皇聖下も相当お怒りです」


教会の聖職者を拉致して惨殺?


良心の欠片も持ち合わせていないのか?


——それが隣国カルシュタインのやり方だ、また後で説明しよう——


「詳細は、マルメディア大蔵省と詰めることになるでしょうが、財源不足で富国や強兵の政策を取れない、といったことはなくなるでしょう」


「感謝いたします」


「陛下の信仰心に主が応えて下さったのでしょう。ああ、今日の本題はこんな俗界の話ではなく、陛下のお身体回復の儀を執り行うことでした」


大司教は私の…いや、国王陛下の頭頂部へ手を添えると、何事か唱え始めた。


何だ、これは!


熱感が頭頂部からゆっくりと頭部全体に広がっていき、その熱は首から胸部へ、やがて身体全体に広がっていく。


心地良い熱感が、身体を満たし終えた時


「ふうむ、こんなものですかな」


そう言って、大司教は頭頂部から手を離した。


「これで少しでも早い回復が見込まれれば…しかし、妙な」


とも呟いた。


「大司教、ありがとうございます」


「なんのなんの。そうそう、今年は修道院の林檎が豊作でしてな、林檎酒シードルの醸造を始めようかと考えております」


「林檎酒、ですか」


カルヴァドスのことだろうか?


いや、醸造だからシードルだ。
















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