第5話  病床から③

ノイスブルク 宮内省病院内


意識が戻った翌日、朝は普通に起床できるようになった。


もっとも、起床とは言ってもベッドから起き上がるわけでもなく、単に目が覚めているだけなのだが。


何時なのかは分からないが、看護師のエリーゼが洗面の用意をしてくれ「お顔は当たられますか?」と尋ねてくる。


「ああ、頼む。いや、その前に鏡をお願いできないだろうか」


「かしこまりました。少々お待ち下さい」


1週間の昏睡とか言っていたな。


髪の毛や無精髭が酷いことになっているだろう。


「お待たせいたしました」


エリーゼが手鏡を渡してくれる。


ん?


は?


えぇっ?


はあああ?


この顔、誰の顔よ?


私より遥かにイケメンだし、鏡に映っているこの顔は明らかに白人じゃん。


どうなっている?


私の身体は?


「どうかなさいましたか?」


エリーゼが心配そうに尋ねてくる。


「あっああ、無精髭が、ね」


とりあえず、そう返して鏡をエリーゼへ渡す。


「顔を当たるのは止めにした。利き腕が使えないのに剃刀を使うのは、危ないのではないかな?」


「そうですね…」


介助を受けながら骨折していない左手で洗面を終え、歯磨きは朝食の後からにして、朝食の配膳をお願いする。


オートミールの粥、茹で玉子、ハム、酢漬けキャベツ、根菜のスープと、メシマズを感じさせるメニューだ。


病院食とは言っても、もう少し食べる人が食事を楽しめるようなメニューを考えてもらいたいものだ。


左手で扱うスプーンとフォークで、何とか食べ終える。


歯磨きを終え後片付けをエリーゼへお願いする。


医師の回診までは、もうやる事がない。


それにしても、私の理解の範疇を超えたことが起きているようだ。


…ま、考えても無駄か。


——君もそう思うかね?——


「なっ!」


——ああ、声に出さなくとも君の考えたことは私に伝わっている——


どういうことだ?


耳、からではなく脳へ直接語りかけるような、この声は!


…あなたは誰なのです?


——私は、この身体の持ち主だった人間だ——


へ?


こいつは驚いた。


どういう理由かは分からないが、私はこのイケメン白人に憑依したというか、身体を乗っ取ってしまったのだ。


しかも、身体の持ち主の意識が残っている。


——何故、とは言わない。この現実を私は受け入れるしかない。私は君の視覚と聴覚を共有しているようだ——


悪夢のような現実であっても、受け入れるしかないというわけか。


まずは名乗らないとな。


——私の名は、アウグスト・ヴィルヘルム・ルドルフ・ハインリッヒ・フォン・メーベン・ウント・フォン・カリンハル・ウント・フォン・マルメディア。一般にはハインリッヒ3世と呼ばれいる——


おっと、先方から名乗ってきたか。


ハインリッヒ3世、ですか。


——マルメディアの国王でもある。フォンの三重姓が長いのだが、これが我がオストラヴァ=ミーステク家の家名なのだ——


私のことは加藤とお呼び下さい。


では陛下、かかる事態に相成ったことに、御心当たりはございませぬか?


——無い、と言えば無い。ただ、気掛かりなことはある——


ほほう、まぁそれについては後程お伺いいたしますか。


この世界は、私の知っている世界とは異なっているようです。


——私は君・・・加藤か、の知っている世界、というものが分からないので、何とも言い様がないな——


ここは、異世界ということか。


まず最優先なのは様々な情報、何がどうなっているのかを知らないことには、先へ進めないと愚考いたしますが。


——同意、私がテロリズムに遭ってからの情報が必要だ。この病院のどこかに、警護の者や侍従がいると思う。彼らを通じて、何とか侍従長に連絡を取りたい——






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