二曲目:もしかして、あの〇〇さん!?

 私が見た人は__‥‥

「なにかあった?暗い顔してるし、目まで泳いでるよ?」

「!!」

 自分が泣いていることに気づき、ゴシゴシと目をこする。なぜ泣いているのだろう?城ヶ崎さんが嫌だから?見ていられなかったから?

 そんなことを頭でぐるぐると考えていると、



「クレープおごろっか?」





「は___‥‥?」



 沈黙がおとずれてしまった。いや、でもさすがに「クレープおごろっか?」という言葉は予想していなかった。

「おごろっか?」

 まるで聞こえなかったの?とたずねるように言葉をリピートした。___‥‥っていうか‥‥‥





「手、痛いからはなしてくれません!?」



 ____‥‥‥

「ありがとうございます。」

 いちごクレープを片手に、ぼそっと私は感謝の言葉を伝えた。

「いやぁ〜、あそこまで大声出したらびっくりしちゃうよ〜〜!」

「‥‥そのことは、ごめんなさい(#^ω^)」

「全然そんな顔してないけど。」

 私は圧をかけるように謝った。‥‥いや、謝ってないか‥‥__


 実はあの後___‥‥‥


「手、痛いからはなしてくれません!?」

 大声で私は叫んだ。こんな大声出すの、久しぶりだ。



「え゛。」



 その人は目をパチクリさせながら、変な声を出した。正直‥‥‥‥め゛っち゛ゃびっくりした!

「すいません。話聞いてますか?」

 私は眉をひそめながら、低い声でたずねた。今思うと、ちょっと失礼だったかも。

「あぁ、ごめんごめん。」

 そう言いながら、手をぱっと外した。そう。手を握りしめているかのように、きつく掴んでいたのだ。骨折れるかと思った‥‥

「では、さようなら。」

 私が背を向けて歩き出そうとしたら__‥‥



「クレープおごるよ!!」


 また手をきつく握りしめた。

「ちょっと!!」

 私は怒鳴りかけた。そのときに__‥‥

「ほら、僕のアルバムのRUN TO MUSICあげるからさ!」


 ___‥‥と言われた。


「まさかそれでオーケーだなんて、君、僕のファンでしょ?」

「ちがいますけど(怒)」

「えぇ〜〜〜ウッソだぁ〜〜!」

 わたしはこいつ(←失礼)のことなんか知らない。ただの音楽ファンだ。

「僕の名前はSARI。本名は月見里伊織(つきみさといおり)なんだけどねぇ〜!」

(ん?)



 SARI‥‥なんか聞いたことあるぞ?朝比奈さんが言ってたっけな?なんだっけ、日本2位のアーティストかなんとか‥‥‥ん?



「日本2位!?」



 いきなり叫んだせいで月見里さんは固まっている。びっくりさせちゃったのかな?

 うん。絶対そうだ。

「あ、すいません月見里さん‥‥」

 私が頬を赤めて下にうつむき謝る。

「いや、全然大丈夫だけど、君のクレープは大丈夫じゃなさそう‥‥」

(?)

 私が右手に持っていたクレープに目を戻す。



「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」


 私は大暴れしながら崩れかけているクレープを整え、溶けてしまった生クリームをハンカチで拭き取る。そりゃそうだ。いまは真夏、気温が最も高いし、よりにもよって昼間だなんて。

 今日は短縮授業だった‥‥


(どうしよー〜〜〜〜💦)

 そのときに月見原さんから声が出た。


「__‥‥プッ__ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 大声で笑い出した。その声につられて私も爆笑した‥‥



 ___‥‥夕方の4時



「ありがとうございました。月見原さん。」

 私はちゃんと心を込めてお礼を言った。

「いやぁ〜、こっちこそ付き合ってくれてありがとね~。」

 照れくさく、クシャッと月見原さんは笑った。あの後私達は笑い続けた。私にとってあのときは楽になれた気がした。

「それではさようなら、月見原さん。」

 私が手をふろうとすると、

「伊織でいいよ。」

 月見原さんの声が、風に流され、私の耳に流れ込んだ。

「僕も神楽ちゃんのこと名前で読んでいい?」

 私は何かが胸の奥で騒いでいるのを感じた。なんだろう、この気持ち?今まで感じたことがない。

「‥‥‥」

 私はその場に固まり、黙り込んだ。

「いい?」

 月見原さんは、様子をうかがっているようだ。その優しく穏やかな声が私の決意を決めた。



「‥‥はい。伊織さん。」




 その言葉を言った瞬間に伊織さんの顔はぱぁっと明るくなった。わたしは、自分の体が熱いのに気がついた。頬が真っ赤になっている。



「私のことは、琴音と読んでください。」



「うん!よろしく!琴音ちゃん!」

 伊織さんは私が今日見た人たちの中で一番の笑顔を見せた。また、一瞬だけ、体が楽になった。自由のように、ロックが解除されたように‥‥


「またね!琴音ちゃん!」

(‥‥またね?)

 少し私は疑問に思ったが、いまはそんな感情より楽しさや嬉しさが勝った。



「はい!また!!!!」


私は自分の腕を伊織さんの背中が見えなくなるまで振った。

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