09 私! 参上!
入る時には担がれていたこの入り口だが、今度は自分の足で一歩踏み出す。
「こんにちはー」
にこり。
入り口にいた門番のような人にご挨拶。ほぼ初通行の冷たい石造りの玄関に、どきどきしながらのお愛想ご挨拶。
「君、ゼレイスの***、ゼレイスは一緒ではないのか?」
「ゼレイス、エルビー、メアーさんと。私、外に出る」
「そんな**********…、待ちなさい。********」
ウェイト? ウェイト、プリーズミー?
門番さんは席を立つと、奥の事務室へ消えた。
アイキャンノット。
ドゥーノットストップミー!
『ちょっと、そこまで』
本当に、ちょっとそこまでお散歩なのだ。まさか、なんの装備も無しに、この福祉施設から自立する気なんてサラサラに無いのだ。
ただのお散歩。
猫はキャットタワーに、犬はドッグランに、私は自由化を求めて飛び出した。
(だって、待たされて、フロウの許可を申請して、それを上長にハンコだなんて、日が暮れるのだ)
「むりむり」
これはエルビーの口癖なのだが、今や私の口癖になりつつある。
たたたたた。
私の姿は、門番の見える範囲から影も形も消えてなくなった。
**
さて、門の外。往来へ出てみたが、全くのノーマネー。辺りをじっくり見回すが、ここに来たばかりの時より昼間の時間帯では印象が全然違う。商店、飲食店が軒を連ねて通りには活気が満ちていた。
(香ばしい、焼肉のニオイ…)
じゅるり。
(でもお金、本当に無い。見知らぬ土地でお金が無いって、なんだか悲しい…)
私は目の前でこれ見よがしに焼かれる、串に刺さった肉の棒を見ないように、道の端っこを歩く。すれ違う人達にたまにじろじろ見られている気がしたが、おそらく私の身長が気になるのだろう。
この村では女性の身長も、男性と同じく平均的に高い。みんな百七十は超えていそうだ。私と同じくらいの身長の人は、明らかに子供の服装をしているのだが、それが好みなのか実際に子供なのかも分からない。
(子供服? フリルとか、フリルとかが多すぎだよね)
私の服は、これは制服? この服は珍しいのかな?
黒ティーに枯れ葉色のフード付きジャケットと、半パンツ、黒い毛糸のタイツに黒いブーツ。
ほぼ以前の、私の私服の色違い…。
よく考えたら、施設内の皆さんは、半パンタイツの人は居なかった。あの施設に子供はもちろん居る雰囲気ではなかったのだが、女の人も見かけていない。
(これ、女性用なのかな?)
そうかもしれない。
皆の視線は、工業系の学校に少ない女子生徒、または手芸部に少ない男子生徒を見る目線。
あの施設の制服、レディースあったんだね!
みたいな感じかな…?
ん?
おや?どこだ?ここは。
辺りへの注意が散漫になっていた。店が無い。見慣れない石畳。どこかで曲がって住宅ゾーンに侵入してしまったらしい。
見知らぬ土地の、猫の道は危険だ。絶対迷う。
(回避、回避!)
その時、聞こえた。
「……ーー…」
『…………え、何今の、』
「ーーーーーーッ!!」
やっぱり、悲鳴だ。
甲高い、悲鳴。
立ちすくむ。
(何これ。怖い、)
人は、悲鳴を聞くと、身構える。
だから、もし夜道で襲われたら、『助けて!』と叫ばないで、『火事だ!』と叫びなさいと、地元の防犯訓練でお巡りさんに教えてもらった。
そうすれば、誰かしら外に出て、目撃者が増えれば生存率が上がるらしい。悲しいかな、人は『助けて』に、救出よりも警戒してしまうそうだ。
よく分かる。
悲鳴が聞こえて、現地に駆けつける猛者は、何パーセント居るのだろう。その場に何人かいればいい。皆で行けば何とかなるかも。
もし、自分一人だったら、リアルに体験してどうなるのか。
震える。
綺麗事では無い。
確実に、巻き込まれるのだ。
「ーーっ!ーーーーっ!!」
(駄目だ)
私は弱虫で、臆病者で、出来れば波風なんて立てずに生きて行きたい派だ。でも、足が声の方へ向かってしまう。
(後悔する)
この声を、聞かなかったことにしたら、絶対に後々残る。
(見るだけ。確認だけ。自分に何か出来なければ、見るだけ。誰かに頼もう)
二次災害は御免だ。
(もしかしたら、勘違いかもしれないし。遊びかも)
住宅の高くは無い石の塀。
綺麗に刈り取られた低い木々の間。
通り過ぎる態で塀の中をガン見。
あれは……。
整えられた庭の中、若い男女が、下にある何かを見て笑っている。下にある何かを見ようと、私は伸び上がった。
それは、ーーーー裸の、子供。
(無い)
これは無い。
分かっている。連日ネットニュースに上がる心無い親の子への虐待。見るたびに、心が荒む。
でも、結局子供が頼るものは親で、どんなにおかしな加害者でも許される社会のように思えた。引き離した方が幸せでも、加害者の権利は大きいらしい。加害者がまともにならない限り、そこに返される被害者を一時助けても、加害者をケアしてあげないと被害者は助からないのだ。
被害者が優先して助けてもらえないなんて、悲しい。
それで? だから? イコール?
加害者のケアなんて知るか!
同じ目か、それ以上の罰をくらえ!
(はい、知ってる知ってる。これは偽善。私の自己満足だから)
だけどこれは、無い。
『マジで無い』
裸の子供は蹲り、男が振り上げる棒に叩かれて悲鳴を上げた。
(異常者だ、あいつら。異常者!)
裸の子供を叩いて笑っている。
(いかれてる、病気だ、入院しろ! 重めの精神科に!)
走って走って、無駄に遠い門を見つけて現場に向かう。その間にも悲鳴は続ていた。
『はぁ、はぁっ、』
ようやく奴らの姿が見えた。趣味の悪い色合いの、変な服装。高いのかもしれないが、ダサくて逆に安そう。
「何? 誰?」
「何だ、お前。****入った?」
顔も不細工に見える。あの顔の造り、好きな人もいるかもしれない。でも、人を虐めて笑う顔、相当に本当に気持ち悪い。
奴らの足下に丸くなって、震える子供。
それを見て笑う残念な異常者たち。
最大級の罵詈雑言をぶつけてやりたい。
ヘイトユー!
アーユークレイジー!
犯すぞ!豚野郎!!!!
『……………………っ、』
出てこない…。
なぜなら?
この国のありとあらゆる罵詈雑言、それを習っていないからだ。
仕方ない。
『頭おかしいんじゃ無いの? 警察突き出すから。その子、連れてくから』
やはり通じないけれど。
でも意外に冷静に声がでた。
震えなかった。
奴らは顔を見合わせる。そして何かごそごそ話し、気持ち悪い顔で不細工に笑う。
こういう種類のものたちは、こそこそ自分たちの世界を作り話して笑うのが常習だ。自分たちの存在価値を下げるだけの優越感。他人を排除して笑う無知で幼稚な子供の世界。
でも大人の周囲は、大して中身の無いこそこそヒソヒソに興味は無いのだ。その幼稚な世界が面倒だと、ただ煩わしく苛立つだけ。
私は奴らの横を通り過ぎ、ジャケットを脱いで子供にかけた。その時、左肩が音を立てたのだ。
ーー『っが、』
振り返ると、やつが棒を振り上げて、私は二発目を連打に食らって倒れた。
痛い。マジでやばい。
耳のところ、熱い。
「ーーャン!!!」
何かの悲鳴は、私のジャケットを被って震える子供だった。よく見ると、変態野郎にケモミミカチューシャを装備させられてる。
『マジで無理……』
吐き捨てた私の耳に、気色の悪い笑い声が煩い。
倒れた拍子にぷるりんがフードからこぼれ出て、芝生の上に落ちていた。そして慌てて私に登って来るのが見える。
「***、***********?」
笑い声、あいつら煩い。
なんか水っぽい。鼻血出てるかも。
上半身を起こすと、奴がまた手を振り上げたのが見えた。絶対に避けられない。なので反射的に目を瞑ったのに、勝手に目が開いた。
あれ?
素早く棒を躱した私。
あれ?
そして手の平が、奴の喉元をぐさりと突いた。
(体が勝手に…動いて)
「おい、ガキ。お前の親を連れて来い」
勝手に、しゃべった!!?
私はゆっくり立ち上がり、目の前の女を見る。私と同じくらいの身長、色々と残念な女はフリルとリボンだらけのお姫様ドレスを着ている。
その彼女は呆然と、こちらを見ていた。
(……?)
よく見ると、私の足下には馬鹿野郎がうつ伏せで倒れていたのだ。
(まさか、さっき、手が喉に当たったあれで?)
ピクリとも動かない。
これって……。
「何なの? こんなことして、許されると思ってるの!?」
ヒヤリどきりと倒れる男を見ていた私だが、馬鹿女がヒステリックに叫んだ事で怒りは再びよみがえる。
(だらかなんな「第二十九条を発動したと言え」
……おや?
やはり口が勝手に……。
私の意思に反しています。
ほどなくして、大きな家から太ったヒキガエルのおじさんと、冷たい顔のマフィアの抗争相手が部下を引き連れてやって来た。
ガヤガヤと現れた奴らは、おそらくフロウ・チャラソウよりも格下マフィアだ。見た目に陰険そうで感じが悪く、部下たちはチンピラ感がにじみ出てるので敵認識しておく。
その中、ヒキガエルの親分は品悪く足音を立てて、大股でどすどす歩いて来ると足下の馬鹿野郎にすがりついて私を睨みつけた。
悪役の迫力満点だ。
そしてヒキガエルの後ろから、抗争相手代表が私の目の前に立ちはだかってじろりと見下ろす。
(即席チーム落下傘。でもメンバーは私だけ…)
後ろに震えるケモミミカチューシャさんはゲストなので、私のチームでは無い。もとよりあの子には戦力外通告をしているのだから。
(相手は何人? 五六人? もっといるの? そもそも、代表が前に出て来た事により、全然後ろが見えない。この人も、絶対二メートル超えてるよね? でかいよね? でかいよね、)
フロウ達、施設の皆さんや村人たちも大きかった平均身長。それが目の前のヤカラたちにも当てはまる。
高まる、威圧感と、恐怖感。
ええ、もちろん、ぶるぶるですが、ですが私、なぜか身体は震えておりません。
「これはこれは。ずいぶんとお若い方ですね」
抗争相手代表が鼻で笑ったことは気づいたが、そんなことで笑われても全く心に響かない。
今は鼻笑いより、恐怖が優っているので。
(細身色白、無駄に長い白い髪。つり上がった赤い目。薄い口)
こいつ……絶対、人、ころ……。
「中央第九師団の者だ。獣人暴行容疑でこのガキと、後ろに隠れているメスガキを連行する」
(え?)
「ふざけんじゃね……!」
私が私のスラスラ言った台詞に疑問を投げかけていると、馬鹿野郎を見ていたヒキガエルがブヒブヒ言った。
だが。
なぜだろう。
ヒキガエルが喚き始めたと同時に、私が目の前の代表の長コートの懐から長い物を二本抜き取って、くるりと横に景色が流れたのだ。
そして目の前の、ヒキガエルと代表の首に、私が握った光ったそれが突きつけられている。
これは……何?
「第三十条は浸透しているのか? 二十九条を妨害、及び阻止行為が正当で無い場合、強制排除しても良いというあれだ。今すぐ執行しても構わないか?」
「「・・・・・・・!」」
誰かの息を飲む音が聞こえた。
私はこの時、あることを考えていた。
なぜ、私は芝居がかったように、くるりと軽やかに回ったのか。
ピカンと閃いた。
背丈が足りなかったのだ!
代表の腰から奪い取った細長い剣は、私が立った状態で腕を最大に伸ばしても、剣が長すぎて鞘から抜けないのだ。
だからくるりと横に一回転。
かっこつけでもナンデモナイ。
理にかなって、逆にくるりがかっこいい!
私! かっこいい!
(………………なーんて、なーんてね)
別の事を考えて、自分の存在を無にしていたつもりだ…。
「私」奇跡が突然消えたら、
『私』ドウナルノ?
考えたくない……。
誰か…助けて…エルビー…。
チャラソウ様、メアーさん! 黒豹、悪漢、食堂のおじさん!
助けてぇーーーーーーーー!!!!!
「執行には団長の許可が必要です」
意外にも、すぐに助けに現れたのは黒豹エスクだった。颯爽と現れて、代表とヒキガエルと話しをしている。
なんか、拍子が抜けた。
いや、別に黒豹に助けられた事に不満は無いが、なぜここで黒豹なのか。いや、不満は全く無いのだが。
私といえば、黒豹が現れた途端に『私』に戻ったのだ。
大変でした。私。まず代表様にお借りしていた刃物をお返し致しました。とても、とても丁重に。
そして、怯えていた被害者、ケモミミカチューシャくんは、なんと、ホンモノのケモミミ様だったのです。
……フリー……………………ズ。
被害者の保護が第一優先。彼の証言で、悪の館に囚われていたケモミミ様達は、合計三名。全員無事に救出致しました。良かった。本当に良かった。
良い仕事した。
主に黒豹が。
そうか、彼も、黒豹だから? ははん。なるほどね。良い仕事したね。黒豹。もしかして、お耳としっぽもどこかにあるの?
ーーケモミミ。
我が星に、現実に存在していただろうか?
ーーケモミミ。
きっと大陸のどこかに居たのだ。居るはずだ。
私の情報が古かっただけだよ。
きっとそうだ。
…………。
それよりも。
今の私にはケモミミ様よりも、大きな問題が再燃してしまったのだ。
私、空から落ちてから、身体がおかしい。
誰か居る。ーーーーーーーー身体の中に。
でも、『誰か』は私をいつも助けてくれている。
(……気がする)
まあ、いつか、話す機会もあるかもしれない。
それまで保留にしておこう。あまり深く、考えては駄目なのだ。重たい問題は、常に先送りにしなければ今は前には進めない。
**
その後私はフロウ・チャラソウの居城へ帰り、とてもとてもとても叱られた。
メアーさんにも、優しいエルビーにまで叱られた。でもなぜか、悪漢だけは怒らなかった。
私は外出禁止令を出され、新しい鍵つき個室を用意される。鍵は内側からは閉まらない。
あれ?
これって、カ・ン・キ・ン?
(……)
まさかね!
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