08 お受験の失敗

 

 翌日も、翌日も、言葉の指導は続いた。


 教師はチャラソウ。

 本名フロウ・ルイン・ヴァルヴォアール。

 年齢二十八、好きな者はリリアさん。


 生徒はミギノ。

 本名、神名芽依、年齢十九。

 好きな物はカップ麺。

 ここには無い、カップ麺。

 濃厚チーズ入りカレー味。


 優秀な私は、我が師の名前を間違いなく言える。


 フロウ・ルイン・ヴァルヴォアール。


 フロウ・ルイン・ヴァルヴォアール。


 フロウ・ルイン・ヴァルヴォアール。


 はい、リピート・アフターミー?


 「フロウ・ルイン・ヴァルヴォアール」


 「いいぞ。****覚えたな」


 (なんの呪文なのだ? 一体、私は何を召喚させられているのだ)


 チャラソウは、自分の名前を間違えられることが嫌いなようで、初回をさらりと聞き流した私は、地獄のチャラソウ召喚呪文を長い時間繰り返し唱えさせられた。おそらく関西の魔法学校でも、ここまで呪文詠唱に厳しくないはずだ。


 我が国でも、人の名前を覚える事が苦手だった私。


 この、発音やらもなにやらも、名前の多さからも違う国で、誰が、誰で、誰を、なんと呼ぶのか。憤る。


 (寿限無寿限無……何かがすりきれる)


 長い名前といえば、我が国には有名な長い名前があるのだが、残念ながらフルネームを思い出す事も無理である。


 (チャラソウも、寿限無さんがここに存在するのなら、私の苦しみがわかるはずなのに)


 (寿限無寿限むーグゥ! ー…ぐぅ?)


 そういえば、お腹空いたな……。


 自分をイケてると思っているチャラソウの、顔をまじまじと見つめる。この手のヤカラには、もじもじと目を逸らしてはいけない。自分の意見は、真っ直ぐに相手の目を見て主張するのだ。


 (そうしなければ、負ける)


 「フロウ、ご飯。私、食べる?」


 もうお昼は過ぎてるんだよ。いい加減にしろよ。

 

 ーーこの、粘着質!!!


 チャラソウは私を見て、ぴたりと動きが止まった。


 直立不動。

 凝視。


 青い目、怖い。


 (ま、マフィア様、一般市民に手を出さないで)


 私は何か、主張を間違えたのだろうか?


 「ゼレイス。ミギノ。ゼレイスヴァルヴォアール、いい?」


 肩をとんとんされて振り返ると、神妙な黒豹が私に耳打ちする。

 

 「ゼレイス、ヴァルヴォアール。私、分かりました」


 謎のゼレイスを繰り返すと、イケてる殺し屋ヴァルヴォアールからの凝視は解除された。


 (ありがとう。黒豹)


 助け船にサンキュー合図を送ると、黒豹は爽やかな笑顔で返してくれる。彼はなかなか良い奴だ。


 そして私の脳内には新しい単語が増えたのだが、ゼレイスはよく聞くような気がする。そういえばフロウ・チャラソウは、周りからゼレスヴァルブォアールとか、呼ばれていた気がする。


 おそらく敬称か?

 チャラソウはここでは幅を利かせている。

 職場での立場が高いのだろうか?


 (いや。…そこまで高くは無いよね)


 高ければ、私に付きっきりで、言葉を教えてくれるような時間があるはずがないのだ。


 こいつはただの、暇人だ。


 保健医のように保健室に引きこもる、メアーさんと同じ類いの暇人だ。働け。私に召喚呪文を教え込んでいる暇があるのならば、働け。


 そのフロウ・チャラソウはようやく重い腰を上げた。


 そうだ、働け。いや、その前に。

 早く食堂へ行こう!

 今日は旨い肉の日なんだ。

 ふかふかのパンに、分厚いお肉のサンドイッチ。

 昨日、食堂のおじさんに教えてもらったんだよね。

 ウフフ。


 「今日。お肉。お肉とクラウ」


 フンタッタ、フンタッタ。


 見知らぬ場所で、見知らぬ人々との長時間座学。解放された私は、心なしか足取り軽く弾んでしまう。


 おや? 飾り気の無い廊下の奥に、エルビーを発見。制服まみれの廊下、私は見知った彼に突撃した。


 今日も大量のぷるりん達を収穫したの? 食物連鎖だものね。生きるため、お金のためだものね。人とその他の生物は、狩るか狩られるかのデット・オア・アライブ。


 私の可愛いぷるりんはあげないけど、新種いた?


 強そうな銀色とか。

 火を吐きそうな赤色。 

 もしかして可愛いお目めがついたのとか。

 目つきの悪いぷるりんも乙。


 ぷるりんには申し訳ないけれど、

 新種、少し気になるよね……。


 (…あれ?袋が薄いな)


 今日の山は不作らしい。どうりで遠くから見た彼の姿は、何かぼんやり覇気がなく、幽鬼の如く儚げに、それでいて部屋の隅に置かれていても存在感ある不気味な人形の様な無表情だったわけだ。


 「よく来たなエルビー。飯、行こうぜ!」


 そんな元気の無いエルビーを、覚えたての現地語でランチに誘ってみました。私の粋な誘いにエルビーは笑ってくれたのだが、チャラソウは悪漢直伝の現地言葉を使った私を、厳しい教師の目でギラリと睨む。


 その弊害かは不明だが、その後の大切なお食事タイムに、初めて手にした召喚呪文フロウ・ルイン・ヴァルヴォアール・チャラソウを短縮させて「フロウ」と呼ぶ事を義務付けられた。


 もう一度言うが、義務付けられた。


 なんだったのだ!


 あんなに強制練習繰り返したのに、奴は私のヴァルヴォアール召喚魔法を封印させた。しかもゼレイスも付属してはいけないのだ。無念である。本当に、あの恐怖のリピートタイムは、なんだったのだ!


 時は金なり、時間の無駄使いだったのである!



 **


 

 あれから二週間後、私は何となくだが日常会話が自力で出来るようになった。


 フロウ講師のお陰である。

 とても感謝している。


 そして、分かることが増えると、その分、分からなくていい事まで知ってしまうのは必定…。


 それは数字学習で判明した。


 数字といっても、アラビア数字でもローマ数字でもない。象形文字のような、落書きのような、見慣れない私にはとても複雑なものなのだ。


 今更数字? 苦手な数学?

 私は何度「むりむり」と言ったことか。

 しかし勉学とは努力。

 コツを掴めば何とかなった。


 そして、知ってしまったのだ。


 彼らの年齢を…。


 エルビー、二十一歳。

 フロウ講師、二十八歳。

 黒豹エスク、二十二歳。


 (悪漢ロー…、二十歳。え? ハタチ?)


 メアー保健医、二十九歳。あれ? フロウ講師とかわんなくね?


 いやー…………。

 いやー…………。


 老けすぎだろう!


 特に悪漢! あんたのことは、フロウ講師よりも年上だと思っていたよ! 貫禄あり過ぎだよ! ってゆうか、まさか私と学年は違うよね?


 そしてメアーさん!


 髭を剃れー!!!


 絶対アラフォーだと思っていたのに!


 なんか二十代って……ショック……。


 しかし、ショックを受けたのは私だけではなかったのだ。我が国ではそこそこ平均的な見た目だと自負している、私の年齢。


 花も恥じらう十九歳。

 

 そう、あれは、ある晴れた日の午後ついさっき……。


 *


 いつもの勉強部屋。年齢の話になると、なぜか人が集まって来た。こういう時って、あるある。


 何型? エーガタ? あー、わかる。

 俺はビー。まんまでしょ?

 オーガタ? っぽいね!

 えー? エービー? 見えないねー!


 などなど、血液型や年齢の話題は、何故か興味津々と人が集ってくるのだが、この日ももれなく集った人々。覚えたての異国の数字で、私の年齢披露の順番がやってきた。


 「私、十九歳」


 「もう一度。これはタイ。これはライ。セルド・タイ」


 (おかしいな。タイって、三でしょ? 私、今ちゃんと十九って言ったはず。九はライ。合ってる)


 私の語学勉強の成果を見ようと、保護者のエルビーとメアーさんも見守っている。少し緊張したけれど、フロウ講師の質問を答えていく試験のようなのだが、順調に進みそれが年齢でひっかかった。


 「『十九じゅうきゅう』…十九セルドライライ。合ってます」


 数字の表を指し示し、九を押した。


 フロウ講師は些細なミスにくっついたら離れないので、くっつく前に予防線を張ろうと思います。


 「ライ十九セルドライ?」


 「セルドルスタイエルヴィーロウセブミアライ。私は十九セルドライ


 一から九までを数えてやった。


 どうせやらされると思ったので、自主的にやっておく。初めは難関だったが、数字のこつはもう掴んだのだ。


 (おや?)


 見上げると、辺りはしんと静まり返っていた。


 「嘘だろ…いやいや、嘘だろう」


 「ミギノ、*****を言わなくても良いんだ。今はきちんと*****に答えて」


 答えている。これ以上どうやって答えろと言うのだ。失礼な黒豹エスク。だいたい、いつも君がフロウ講師を持ち上げ過ぎなのだ。太鼓持ちも、相手を持ち上げすぎれば、対象は駄目な天狗になって終わるのだ。


 (それに私は、今まで様々な質問に答えてきたんだもの)


 そう、まるで、テレビでいつか見た、幼稚園のお受験のような内容を。


 どこからきたの?

 おうちはどこ?

 おとうさんとおかあさんのおなまえは?

 いくつ?


 エルビーお父さん、メアーお母さんへの確認も有りの、入園お受験。父母と私の答えのすり合わせも完璧だった。


 答えては振り返りエルビーを見つめる。

 答えては振り返りメアーさんを見つめる。

 頷く二人。


 もうすぐお受験の面談も終わる。私は粘着面談官から解放されるはずだったのだ。


 でも、十三、て!


 適当にやり過ごす?

 いやいや、十三はないでしょう?

 あと半年で、お酒が飲めるんだよ?

 ただでさえ、変なあだ名で定着してるんだよ?


 ーー右の?


 なんて中途半端な呼びかけなのだ!


 いったい右の、なんなのだ!?


 (これ以上、私はもう、曲がらない)


 そのために現地語ことばという、最大最強のスキルを手にしたのだから…。


 黙り込んだ私の頭上で、私の父母が必死にお受験の失敗をフォローしていた。でもところどころ速すぎて聞き取れない。


 ここからは真面目な話しなのだが、おそらく今までのはこの施設の利用にあたり、必要な問答だったのだろうと思う。フロウは施設の管理人で、おそらく役所の人間だ。


 エルビーは道端から、身元不明の迷子の私を保護して連れて来てくれた人。メアーさんはお医者さん。


 想像だが、この国には遭難者を保護するシステムがあって、それは言語教育のサービスを有している。今までの私の治療費、食費、貸し制服。それは国の税金のはずだ。私はそれを利用していいかどうかの審査を、今フロウから受けているのだろう。


 と、思う。


 補助金、または後日使用料の返金、その金額、などのやり取りなのだろう。きっとエルビーとメアーさんは、その交渉を私に代わりしてくれているのだ。 


 と、思う。


 私の持っているお金は、この国では利用出来なかった。エルビーにお金の相談をしてみたが、首を横に振るだけで終わってしまう。メアーさんに再チャレンジしてみた事もあるのだが、換金は無理だと断られた。


 れーと? れーとの関係?


 (それとも手数料が大きすぎて、換金しても足りないとか?)


 滞在日数も長い。海外無意識移動説を立てている私は、言葉がある程度理解できた今、大使館、領事館を探そうと検索中だ。


 施設内での聞き込み、文字は解読に時間がかかるので地図を見る。海の描写がほとんど無い地図だったので、島では無く、海外の何処かの大陸だということは分かった。


 犯罪組織に巻き込まれたのか、どうやって空から落とされたかは…もう少し後に考えたい。


 無事に帰れたら、驚愕世界七不思議として紹介されたってかまわない。

 

 (それに、ここの施設の皆さんは親切だが、いつまでも居られるわけではないし、お金が無ければ稼がないといけないよね)


 *


 廊下の窓辺で試験結果を待つ、そんな昼下がり。


 (たいくつだなぁ…。話、長いんだよなああ…。そうだ、)


 お父さんとお母さんの面談を待つ間、私は初めてのお散歩に外に出てみることにした。


 外出希望を何度か出しているのだが、私の言葉が拙いのか、周りに相談してもなかなか通じないので、そうなれば自分で行動あるのみである。

 

 お父さん、お母さん、心配しないで。

 お受験に失敗しても、芽依、頑張る。

 一人でお外に行けるよ。

 もう、二人に迷惑かけないよ。


 無事に大使館を探し出せたら、我が国に帰国して、それから後日、感動の再会をしようね。


 バナナ味の銘菓を持参するね!

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