04 これって恋?

 

 月を背に、エルビーと名乗った男の足取りは淀みない。掴まれた二の腕は力強い。グイグイくる。


 不安が増す。


 私は十九年間彼氏なんていない。

 むしろ普通でしょ?そうよ、そうだよね!


 ……そうだよね?

 強がりかもね?

 早熟な小学生も、いるものね?

 中学生のカップリングも当たり前?


 別に異性に興味が無いわけでも、容姿に自信が無いわけでもない。いや、美人ではないが十人並み。これは好みの問題だ。体型だって普通。特殊な趣味も性癖も無いはずだ。同級生や友人は、日々SNSに出会いを求めていたり、彼氏の愚痴に事欠かない。


 私だって、ナンパされた事はある。


 一回はある。


 一回は……。


 なぜ彼氏が居ないのか?


 だって必死につくる意味が分からないから。


 異性に愛された事が無い。愛の駆け引きに煩わしさを見て取る。同級生とは恋愛トークを業務的にこなす。好きな男性だって過去には居たが、好き止まりだった。


 ゆくゆくは、素敵な出会いがあればと思っているが、ゆくゆくはゆくゆくだ。


なんかこれって、もじょもじょしてる?


 こんな話は恋愛体質の人の哀れみや反感を買う。だから表明はしない。職業カウンセラー的には、きっとご両親が不仲とか、過去に虐待がとか言い出しかねないが、両親は恋愛結婚で健在。離婚話も出たことはない。


 あえて言えば、同級生が恋愛を免罪符のように、友人を虐めていた事が過去にあるからか。


 好きな男が同じだから、そう言って表や影で人を貶したり虐めたりできることに驚いた。


 周りも恋愛が挟まると、よくある話しで終わらせる。


 で? カップル成立。あたし達、人を虐めて勝ち取った男と付き合って、セックスしてますって公言することが勝利。

 

 ああ、そんなんならいいや。


 めんどくさ。


 だって楽しそうに感じない。


 皆それが普通なのかな。

 私が変なのかもしれない…。

 ネガティブな私?

なぜ今こんな話?


 これは言い訳だ。今までの恋愛不感症な、私自身に対する言い訳。

 

 グイグイと引っ張る、異人さんに男性の力強さを感じてきゅん。至近距離で、何やら穏やかに話し続けるキレイなお顔。フードからはみ出る長めの前髪はたぶん金色。目の色は薄い。しかしハスキー犬のような黒枠黒点なキリッとした感じではない。


 優しそうにへらへら笑う彼は道中、私の手足の切り傷に気づいて手当てしてくれた。歩幅の違う足がもつれて躓くと、片手を腰に手を回し難なくフォロー。細身なのに筋肉があるなんて、素晴らしい。


 これだけできゅんと出来る、私は乙女。恋愛免疫の一切ない、値切り無しの言い値で即購入、ピュアッピュアな女。


 「**、***?」


 きゅん・・・。


 こんなに異性と密着して歩いたことなんて、今までに無かった。どきどきする。


 密着ゼロ距離。

 これはカップルか救助の距離。


 エルビーと名乗った男は、迷い無く森を抜けると広い平野をずんずん進む。


 (あれ? あなた、迷子ですよね? さっき同盟組みましたよね…?もしや来た道思い出したのかな?)


 更にしばらく歩くと町発見。


 (町…? 村かな? 灯りが少ない…)


 田舎にしては、異国風の煉瓦の建物が多い。西欧諸国にありそうだ。おしゃれ…。


 エルビーは村を指さして、何か言って笑う。


 『よかった…、ご苦労ご苦労。ご苦労さまです。後は私に、通訳は任せてね』

 「*****、****。******、****!」


 うんうん。さっぱり分からない。


 でも喜んでいるのはわかる。ジェスチャーと雰囲気で、異国の人とは大概なんとかなるもんだ。だがしかし、村の入り口付近に着いたが、エルビーは私の二の腕を放す気配が無い。


 距離もゼロのまま。…きゅん?


 『とりあえず、私、病院探すね。エルビーは、一緒に来た旅仲間は居るの?民宿とかかな?』


 放してくれ。腕を。


 と、腕を指さして笑顔でアピール。だがエルビーはうんうんと、へらへら頷くだけ。通じていないようなので、やんわり掴む彼の手を指し押す。同時に腕を放すように体を引いた。


 「*****、******」


 同じ表情のまま、村の中を進む。

 違うのは、私の腕を掴む力が強まったことだけ。


 どきどき。


 (これは…)


 どきどき。


 人通りは少ないが、引きずられるように歩く私を数人が見た。


 すれ違う人たちは、男も女も異様に背が高い。エルビーも目鼻立ちがくっきりしているが、この村の人たちも皆くっきりしている。


 テーマパーク内部か…?


 金髪、茶髪…、エキストラ? キャスト? 服装も個性的。製法がゆったりめ、ベルト使いが多めが、この村の流行り? そしてここ、スタッフオンリーの場所なんじゃないのか? 皆じろじろ見てくるよ。私、部外者だからだよ。


 (そういえば…、)


 関西の魔法使いの学校ってどんな感じかな? まだ行ったことが無い。行きたい。今じゃなく。バイト代が支給されてから考えよう。でも今はそれどころではなかった。どきどきが止まらない。


 私の腕を掴んで離さない男が、飾り気のない石造りの建物の門を潜ろうとする。


 (やばい。絶対やな予感)


 この門は潜ってはいけないと、私の危険信号が鳴りっぱなしだ。 


 「******!*******!」

 『!!!』


 正面の建物入り口から怒声と共に、デカイ男が近寄って来る。すごいデカイ、眉間の皺が深すぎる…。


 (怖い…、やばい…、絶対やばい系だ…!)


 怒りの形相の男がずんずん近寄って来た時、腕の力が緩んだ。無意識に身体が動き、掴まれた腕を振りほどくと無我夢中で走り出す。男たちが何か叫んだ気がしたが、振り返らずに走るんだ!


 奴らの視界から消えるために。

 あの建物の角を曲がらなければならない。

 あと数メートル、それは突然遮られた。


 角の手前で私の身体は宙に浮いて、硬い何かに乗せられる。それが人の肩だと気づいた時、担ぎ上げられた腰にかたい硬い腕が強く巻きついた。



 (終わった…………)



 上空から落ちた時と同様、やはり恐怖に気絶が出来るメンタルではなかったのが残念だ。私を担いだ悪漢は、怒鳴った悪漢の元へとやって来た。ちらりと覗き見た悪漢の顔には、怒っていなくても眉間に皺が刻まれている。


 その横には、変わらずへらへらしたあの男が立っていた。


 (あんなに用心してたのに…、)


 幼い頃から、嫌と言うほどあの掟を聞かされていたのに。


 ーー知らない人には、

   付いていってはいけません。


 そんな地域密着型の掟は、恋愛異性密着により、簡単に破られてしまうのが世情である。


 恋愛密着、救助密着。

 恋ってステキ、ドキドキ。


 (恐ろしい、恋愛ジャンル。鬼門…)



 後悔に打ちのめされた私は、大きな男に荷物の様に担ぎ上げられたまま、恐怖の冷たい石の門を潜ってしまったのである。

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